平成4年度の徳島県芸術祭の開幕式典が、9月1日に郷土文化会館であり、徳島市立高校オーケストラに演奏の依頼がありました。


曲目は、

チャイコフスキー作曲 「戴冠式祝典行進曲」

ビゼー作曲 「カルメン前奏曲」

ウィリアムズ作曲 「ETのテーマ」

ウエッバー作曲 「メモリー」

ボロディン作曲 「ダッタン人の踊り」

でした。


チャイコフスキーの「戴冠式祝典行進曲」は、ちょっと難しかったです。


近藤教育長さんから、お褒めの言葉をいただきました。

徳島市立高校平成4年の夏休みは、南校舎の電灯つけ替え工事がありました。


8月6日の合奏コンクールまでは、何とか音楽室が使えたのですが、8月25日にNHKコンクールを控える合唱部は、練習場所を転々としました。


とても暑い夏で、苦労したことを覚えています。



暑い夏と言えば、音楽室のクーラー設置の問題です。


音楽室はひと夏中練習しているので、エアコンを設置してほしいと何度も訴えたのですが、私の在任中は実りませんでした。


南校舎全体の電気容量が、昭和37年創立当初の、電灯がつけばいい程度だったので、どうしてもつけられないとのことでした。



私は、毎年の酷暑では、合奏コンクールまではなんとかもったのですが、それが終わると夏バテで、合唱コンクールはへろへろでした。


文化祭前などは、心身ともにひからびていました。

きのう、あわぎんホールに、徳島市立高等学校管弦楽団合唱団の第49回定期演奏会を聴きに行きました。



第Ⅰ部は管弦楽で、まずOBも入った「ニュルンベルクのマイスタージンガー」。


この曲は私も昔やりたかったのですが、2nd Violin や Viola がきびしいだろうと思って手をつけずにいました。


きのうの演奏では、なかなか立派にできており、聴き応えがありました。


続いて現役だけで、グノー作曲「ファウストの舞踊音楽」。


全国大会で金賞を取った曲だけに、少人数ながらもよくできていました。


せっかくなので、OBも入ったフル編成で聴きたいと思いました。



第Ⅱ部は合唱で、何と現役部員が一人しかいません。


OBが20人ほど加わっていました。


寄せ集め感は否めず、声の不揃いは仕方のないところでしょうか。


合唱曲は良かったのですが、ポピュラー曲になると練習不足が露呈されます。


ポピュラー曲というのは意外と難しく、選曲、編曲の確認、練習量などに注意が求められるものです。



第Ⅲ部は管弦楽で、OBも入ってドボルザークの「新世界より」。


テンポが速いため粗い演奏になってしまいました。



アンコールの最後は、「花は咲く」を合唱部の演奏で。


せっかくならオケ伴にしたらいいのに、と思いました。



岩崎先生、7年間お疲れ様でした。


来年は記念すべき第50回 ! 新しい先生と共に盛り上げましょう。

平成4年3月27日の徳島市立高校定期演奏会は、第25回記念大会ということで、当時としては珍しい自主制作CDを作ることにしました。


同窓会とタイアップしての制作だったので、校歌と市高賛歌もリハーサル中に録ってCDにいれることにしました。


録音は、いつもお世話になっているミキ・サウンド・サービスの三木芳彦さん・征子さんのご夫婦です。


三木さんのこだわりで、オープン・リール・テープによる録音です。


ところが三木芳彦さんが、本番前日の26日に亡くなられました。


「市高の定演はしっかり録音するように」という遺言で、当日の録音が行われました。



この第25回定演のメインの曲目は、チャイコフスキーの交響曲第5番でした。


川人先生が、第15回定演で振った曲です。



平成3年の年末、徳島市の人権課から、「人権を考える市民の集い」という催しに、市高合唱部に出演してほしいと、依頼がありました。


何と、武田鉄矢を招くというのです。


早速、「武田鉄矢と歌おう」というポスターを作って、部員募集を始めたりしました。


でも、その時点で武田鉄矢のスケジュールを押さえられてなく、その後も「交渉中」と担当者は言っていましたが、結局武田氏は招くことができませんでした。



それはともかくこの行事には、鳴門教育大学講師 ( 当時 )で作曲家の松岡貴史先生作曲の「鮎喰川追分随想」という委嘱曲を、富田中学吹奏楽部の伴奏で市高合唱部が歌うという企画が入っていました。


松岡先生は事前に2回も、市高まで練習に来てくれました。


本番は平成4年2月27日、徳島市文化センターでした。


やや凝った曲だったので少し苦労しましたが、本番は立派に歌うことができました。