平成5年8月31日、徳島市立高校2学期始業式の出来事です。



「校歌斉唱 一同起立 ! 」という東條先生の号令とともに、いつものように私は登壇し、ピアノへと進みました。


前奏を弾き終え1番に入ったのに、歌声が聞こえてきません。


「また歌声が小さいな。怒ってやろうか。」などと考えながら、なおも弾き続けました。


そこでハッと気づきました。

「これは、前任の鳴門高校の校歌を弾いている。」という恐ろしい事実に。


そこで、パニクった私は、「実はいつもと違う長ーい前奏だったということにして、うまく市高の校歌前奏につなげてやろう」ということを考え、なおも適当に弾き続けました。


でも、悪あがきはできないもので、つながらずに結局は止まってしまいました。


私は「すみません。間違えました。」と謝って、市高の校歌を最初から弾き直しました。



夏休み中ずっとオケ・合唱コンクールでへとへとだったのに加え、この年は秋に国体を控え、合同練習会が目白押しでした。


当時の校長は阿部健先生、私の高校時代の担任だった人です。


私のことを哀れに思ったのか、休暇を一日くれました。



徳島市立高校では、普通科文系に音楽コースというのがあり、最盛期には2年次に4単位、3年次に3単位の音楽特別授業をもうけていました。


音大等に進む者のみを対象とし、楽典・ソルフェージュ・聴音を授業でしていました。


最も多いときには、1学年10人程度いたとおもいます。


年に何回かは、芸能大会と称して一般生徒や教員に公開して、実技を披露していました。


「芸能大会」という名称とはちがって、それはそれはレベルの高いものでした。


その卒業生には、留学したり、今でもプロとして活躍している者もいます。

平成5年3月29日、第26回の市高定期演奏会が開かれました。


この年度は市高創立30周年ということで、ちょっと豪華なプログラムとなりました。



第Ⅰ部は管弦楽で、まず「ダッタン人の踊り」。


これに、合唱をつけました。


へんてこな訳詞は、わたしの作詞です。


つづいて、7回生のOB 飯田緑さんをソリストにお迎えして、モーツアルト作曲「フルート協奏曲 第1番」。


すばらしいフルートが華を添えてくれました。


指揮者である私が、勉強不足でした。



第Ⅱ部は合唱で、佐藤真作曲 合唱組曲「旅」全曲。



第Ⅲ部は管弦楽で、「シェエラザード」第3楽章と第4楽章。


ヴァイオリンソロは、現役コンサートマスターの宮下るみさん。


彼女は、半年間この曲に取り組んで、難曲を見事に弾いてくれました。


そして、この年度に購入できたハープが活躍しました。



アンコールは、「ETのテーマ」と「シンコペイティド・クロック」でした。

平成5年3月2日、卒業式を前に、徳島市立高等学校誌「あしかび」31号が発行されました。


その校長巻頭言に、「オーケストラ部の定期演奏会」とあったことから、一部の合唱部員が激怒。


「定期演奏会は合唱部もやっています」と、校長室に怒鳴り込むという事態が起きました。


このときの校長は、私の高校時代の担任の阿部健先生。


とても優しい方で、謝ってくださいました。



この頃は、元気な部員が多かったのでしょう。


その年4月の部員勧誘で合唱部は大幅に部員を増やし、8月のNHKコンクールには40人で出場しています。

平成4年11月28日、徳島市立高校創立30周年記念式典が、本校大体育館で行われました。


オーケストラ部は、「カルメン前奏曲」などを演奏し、華を添えました。


記念講演では、合唱部の先輩で市高11回生の佐野靖 東京芸術大学助教授が、楽しいお話をしてくれました。



その前日の11月27日は、創立30周年記念碑の除幕式があり、翌年の国体で演奏するファンファーレを吹きました。


この記念碑は、本校美術教師で彫刻家の吉田伯美先生のステンレスの作品で、「 Dance with Freedom 」というものです。


吉田先生は、美術教師にしておくのがもったいないほどの美声の持ち主で、徳島合唱団で大変お世話になりました。