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例えば、遠くに赤や黄色の暖簾を見つけたとき、あなたは何屋を想像するだろうか。
ラーメン屋と寿司屋のどちらでしょうか、と聞かれたら8割くらいの人が、ラーメン屋と答えるだろう。

逆に青色や水色の暖簾を見て、ラーメン屋と答える人より寿司屋と答える人の方が多数だと思う。

そういうことだ。

私たちの生活の中には何かしらの規則性が隠れている。
もちろん全てが当てはまるとは限らないが、"だいたい"そうである確率が高い。


飲み会のあと、浮ついた意識の中で、あぁ締めのラーメンを食べたい、と思ったとき、定まらない視界が必死に探すのはやはり赤や黄色の暖簾ではないだろうか。

仲間と騒ぎながら、千鳥足で辿り着いたその暖簾の向こうが寿司屋であったときの裏切られた感は想像するに足らないだろう。

色の魅せる個性は、私たちの脳裏に自然と整理され、イメージの観念を植え付ける。

先日、大掃除をしていると私の幼稚園時代のお絵かき帳が出てきた。

さくら組の私はどんな絵を描いていたのだろう、とゆうワクワクは1ページ目から崩された。

特に残念だったのは、ニワトリの絵だった。
トサカは赤、足とクチバシは黄色、そして身体は白のクレヨンで描かれていた。
よりによって、白い画用紙に白のクレヨンを使うとは。

忠実に配色の原理を守っている。

つまらない。非常につまらない発想力である。

そしてまた、次のページを捲るとニワトリ以上のショックを与えられることになる。

そこには描きかけの女の子の顔があった。
しかし、失敗したと思ったのだろう。
あろうことか、その女の子の顔が白のクレヨンで力いっぱい塗りたくられていた。

白は消せる色、とどこかで覚えたのだろうか。
残念なことに、クレヨンで描かれたものを白のクレヨンで消せるわけもなく、女の子は消えるどころか、顔が引きつってお化けみたいになっていた。


自分のお絵かき帳はほとんど落胆に終わったのだが、5歳児にも植え付けられている色のイメージとゆうものは強烈だなと感心もした。


今、絵を描いてください、と言われても私はきっと、茶色のクレヨンで土を描き、緑のクレヨンで双葉を描き、その上から水色の雨を降らすと思う。

本当につまらない固定観念だ。


今までの文章を書きながら、ふと考えがよぎる。

私が大好きなあの吉祥寺のラーメン屋の暖簾は何色だったか。


あぁ、裏切りだ。


黄色いクマ、ピンクのウサギ、水色のネズミ。

配色の裏切りは、どこか居心地の悪さを発揮するが、底知れぬ興味も掻き立てられる。

空は青、雲は白、太陽は赤。

そうとは限らないよ、と5歳の私に教えてあげたい。