昨日から始めたこのシリーズですが、はやくも2日目で連続記録柄途絶えてしまうところでした。改めて、続けること、簡単なようで難しいですね。行動を習慣にするのは、コツコツですね。
さて、今日は僕とフットボールとの出会いについて振り返りたいと思います。
今から25年前。
1993年の春が、僕とフットボールとの出会いでした。
Jリーグが開幕して、日本中がフィーバーだった時でした。
フットボールと出会いのきっかけは、実家が目の前のK君に地域の少年サッカークラブに誘われたことでした。
僕の地元は、代々木公園が目と鼻の先で、都会ではあるけど、とても地元愛に溢れる人が多くて年に一回のお祭りも毎年盛り上がるような温かい地元です。
そんな地元で、幼稚園から一緒で家もご近所というか目の前なので、家にいるかいないか柄わかるほどの近さだったので、本当によくいつも遊んでました。仲間と集まっては、くだらないことばかりしてました。それは、幼稚園から大人になった今でも続いてます。
少年サッカーはK君に誘われて、小学2年から6年までずっと続けてました。
少年サッカーで学んだことは、日常の学校生活とは、サッカーのは楽しさはもちろん、少し違う先輩後輩や同学年の仲間との関係性、いろんな地域や地区のクラブチームとの試合で勝ち負けの嬉しさや悔しさ、自分が得意なことや苦手なこと。
たくさんのことを学びましたが、ふと僕とフットボールの原点ってなんだろうと考えると、学校が終わってから、公園の伝統がつくまでみんなで試合ばかりしていたことを思い出します。
沢山の仲間もできました。ご近所のK君や左利きで小・中学性の時は持てていたM君、ガキ大将で豪快なK君、控えめで末っ子らしい、チームのキャプテンのN君、利き足不明ギャグも不明ののE君。
ここに書ききれないほど、サッカーのおかげで友達とたくさん仲良くなれたと思います。ひと学年2クラスしかなくて、そのうちの男の子が同じ少年サッカークラブに所属していて、学校と土日の少年サッカーの活動がいつも繋がっているような感じで本当に楽しかったことを覚えてます。
ただ、左利きのM君と利き足不明のE君と僕がいつもみんなとのリフティング勝負で負けていたことはここだけの話にしておきます。
あの頃は、今のようにキャプテンをするようなタイプではなくて、みんなに合わせるような子どもだったんだけどなあ、人は変わるものですね。
懐かしい気持ちになったので、今年の暮れにでもみんなに声かけて久しぶりにボールを蹴りたいなあ、集まったら思い出話に花を咲かせたいなあ。
きっと、「ともぞうが日本代表のキャプテンかあ」っていじられるだろうな。
ここで、考えることはもう一つ。
もし僕が小学生の時に、弱視で目が見えにくい子どもだったら、みんなと一緒にサッカーできたのだろうか。
もしかしたら、学校の教室でみんなと一緒に勉強はなんとかできたかもしれない。
だけど、体育の授業や少年サッカークラブに入ってみんなとボール蹴れたのだろうか。
僕にとって、少年サッカークラブからの友達がどれだけ大切なのかが振り返ってみて、再確認できました。そのことで、もし子どもの時に弱視だったら、どうなっていたのだろうかと考えました。
このもしかしてが、今の大学院での研究やロービジョンフットサルへの思いの原点の一つなんだと思いました。
明日は、中学や高校の時くらいまで振り返ってみたいなと思います。
2002年日韓ワールドカップ。高校2年性でした。
続きはまた明日。