最近、当社に営業してくる営業やクライアントから「マーケティング」という言葉をよく耳にする。


・・・本当にみんな理解して使っているのだろうかと???が付く方も多々いらっしゃる。


よく口にしているのはマーケティング情報とマーケティング情報の分析の事を指して使っている方が多いようだ。


マーケティングと言っても相当多くのマーケティングがある訳で、ご存知の方もおられるでしょうけど


マーケティング戦略と戦略的マーケティング、似てるようで全く意味が違ってきます。


ただ、最近マーケティングという言葉だけが先走りしている感があります。


そしてたちが悪いことに、マーケティング的思考というかマーケティング自体が


今や企業には無くてはならない存在だからです。


そして、企業だけでなく個人事業でも個人でも理解していれば何事にも応用が利く分野です。ファジーですね。


1902年に誕生して約100年でビジネスの世界に必要不可欠となった訳です。


必要悪の談合とはわけが違います。・・・・・・・又話が逸れそうなので、置いといて


先日クライアントから、地元で起業10年経って名も売れてきたが売り上げが頭打ちというご相談を受けて


いろいろ検討した結果、実行するマーケティングの一つに「さらに地域に密着したサービス」を実現する為に


ソーシャルマーケティングをご提案させていただきました。


もちろん他の、様々なマーケティングと包括的に進めるのは当たり前ですが


社会貢献のマーケティングも方法の一つということで


<メセナ>文化活動のスポンサーをお勧めして早速、話をまとめました。


最近、ソーシャルマーケティングでは社会責任としてのマーケティングとして皆さんもよくご存知の


ISOを取得される企業が多いですが


昔からある夏祭りのスポンサーも、立派なマーケティングだと私は思います。


自分で書いていても厄介なマーケティング。皆さんは上手に味方につけられてますか?  


・・・・・さて問題ですこの文章にマーケティングという言葉は一体何回使われているでしょう。 



ベタでしたか? できるだけ更新したいと思ってます。それでは

最近、政治や税金の話題ばかりだったが


今日もタウンミーティングの件を言いたいが、きりが無い。


ミクロ経済学の基本のひとつ 「消費者行動理論」


知っていると知っていないのとでは


企業のマーケティング戦略にかかわってくる。


といっても、皆が普段の自分の行動に当てはめてみれば


小難しい言葉のわりに当たり前の事なのだけど


何事も理論的に考えられるという事は、企業の経営陣として当然の事だと思う。


「効用」という言葉がよく用いられるが、ようは顧客満足度 の事で


消費者がサービスや財の消費から得る心理的な満足感の事です。


いいサービスや美味しいものを食べれば効用は高く


悪いサービスや不味いものを食べれば効用は低い。


ただ、お客様は必ず予算がある訳でその予算と相談しながら


最大の満足感を得ようと行動します。


それに対して利潤を最大にしようとする組織が皆さんの「企業」な訳です。


「そんなの当たり前だろ」って聞こえてきそうですねぇ。。。


だから今、どうするべきか?


企業を継続していく上で、選択肢に迷った時に根本を省みるのは重要な事ではないでしょうか。




自民党、やりましたねぇ。


復党問題。これについてはみなさんも色々なご意見があると思いますが、


明らかに来年の選挙が絡んでますね。


正しかったのかどうかはその時に審判が下るでしょうけど。


しかし、いまだに選挙のために地方の公共事業費を増やそうなんて言ってる


おっさんのいる与党はいかがなものか。


赤字国債800兆近いのをご存知無いのだろうか。


今回の政府も10年20年先を見据えた政策運営はできないらしい。


何故、根本的に仕組みを変えようとしないのか。「構造改革」とセキセイインコのように連発して大胆な事ができない。


まぁ、利権を守りたい官僚がバックにいれば何もできないか。


今ネットで流行の「不労収入」を先駆けて導入していた地方公務員も。


税収でまかなえず、毎年莫大な金額の国債を自分の金のように発行し、子や孫に押し付けている今の現状は


夕張市と一体何が違うのか。その中心にいるべきであるのは議員でもなく官僚でもない。


税金で給料を貰っていない一般市民である。


税金とは何なのか。


まずはそこから勉強し直した方がいいと思われる方々が最近多すぎるようだ。


幸い「志」の無い人間は自分の会社には一人もいない。


会社が小さいから言い切れるのだが、少なくとも税金にたかる今の議員や公務員等とは比べ物にならない


素晴らしい人間達に巡り合えて、今、私は幸せ者だとつくづく思う。