POPと棚札への想い。
かつて、
日本は、
戦争をした。
そして、
負けた。
今から63年前のことである。
敗戦(「終戦」という言葉は正しくないので敢えてこの言葉を使いますが)の前後、
全国の「焼け野原」に栄えていたのが、
「闇市(やみいち)」。
皮肉なことに近代小売業の出発点とも言える、
この「闇市」の前にミカン箱を置き、
これを「演壇」として、
「損得よりもまず善悪を考えよ」
「店は客のためにある」
と全国を訴え駆け巡った男がいた。
その名を倉本長治という。
彼の行った「正札(しょうふだ)販売運動」はやがて実を結び、
今や誰もが知る大手小売企業を輩出したことは知る人ぞ知る逸話。
イオンの岡田卓也。
イトーヨーカ堂の伊藤雅俊。
ダイエーの中内功。
この「正札販売」とは、
「総てのお客様に値段を明示し、総てのお客様にその値段で販売すること」
え?って思う方もいらっしゃるかも知れません。
今となっては当たり前のこのことが、
元来商人はしてこなかった。
店主はお客様の身なりで懐具合を判断し、
値段を変える。
上品な装いのお客様には高値で販売し、
そうでないお客様の値踏みには応じる。
儲けが芳しくない日の「言い値」は高い、などということもあったかも知れない。
正価のない売価が氾濫していた時代が、
確かにあった。
そしていま、
私たちはPOPや棚札をもってお客様に正価を明示し販売している。
それは明らかに正しい行い。
お客様も従業員も当たり前に接しているPOPや棚札には、
そういった先達の想いがこもっていることを、
決して忘れてはならない。
※文中敬称略
日本は、
戦争をした。
そして、
負けた。
今から63年前のことである。
敗戦(「終戦」という言葉は正しくないので敢えてこの言葉を使いますが)の前後、
全国の「焼け野原」に栄えていたのが、
「闇市(やみいち)」。
皮肉なことに近代小売業の出発点とも言える、
この「闇市」の前にミカン箱を置き、
これを「演壇」として、
「損得よりもまず善悪を考えよ」
「店は客のためにある」
と全国を訴え駆け巡った男がいた。
その名を倉本長治という。
彼の行った「正札(しょうふだ)販売運動」はやがて実を結び、
今や誰もが知る大手小売企業を輩出したことは知る人ぞ知る逸話。
イオンの岡田卓也。
イトーヨーカ堂の伊藤雅俊。
ダイエーの中内功。
この「正札販売」とは、
「総てのお客様に値段を明示し、総てのお客様にその値段で販売すること」
え?って思う方もいらっしゃるかも知れません。
今となっては当たり前のこのことが、
元来商人はしてこなかった。
店主はお客様の身なりで懐具合を判断し、
値段を変える。
上品な装いのお客様には高値で販売し、
そうでないお客様の値踏みには応じる。
儲けが芳しくない日の「言い値」は高い、などということもあったかも知れない。
正価のない売価が氾濫していた時代が、
確かにあった。
そしていま、
私たちはPOPや棚札をもってお客様に正価を明示し販売している。
それは明らかに正しい行い。
お客様も従業員も当たり前に接しているPOPや棚札には、
そういった先達の想いがこもっていることを、
決して忘れてはならない。
※文中敬称略
花も芽もない冬の日は。
人生、何をやっても上手くいかないときがあるものである。
それどころか、
何もする気が起きない。
総てをマイナス思考で捉えてしまう。
総てを他人のせいにしてしまう。
そんなときが必ずあるものである。
しかも一度や二度のことではない。
何度も、
何度でも、
ある。
必ず。
そんなときは、
ひとから何を言われようが説かれようが慰められようが、
何も変わらない。
自分が、
自分自身が
変わらなければ、
変わろうとしなければ、
何も変わらない。
変わるわけがない。
私にもあった。
何度もあった。
でも、
そんなとき私は、
目をつむり、
何度も何度も繰り返しつぶやく。
「花も芽もない冬の日は、下へ下へと根をのばせ」と。
不遇のとき(何をやってもうまくいかないとき)は、
功名心を捨て、認知欲(認められたいという欲求)を捨て、他者への嫌悪感を捨て、
当たり前のことを当たり前に行い、
自分自身の「根」をのばすことに集中する。
この「根」は誰にも見えない。
見てもらえない。
それでも、
未来の自分が実感することができるのだ。
必ず。
「明けない夜はないように、春の来ない冬はない」
頑張れ。
新社会人諸君。
それどころか、
何もする気が起きない。
総てをマイナス思考で捉えてしまう。
総てを他人のせいにしてしまう。
そんなときが必ずあるものである。
しかも一度や二度のことではない。
何度も、
何度でも、
ある。
必ず。
そんなときは、
ひとから何を言われようが説かれようが慰められようが、
何も変わらない。
自分が、
自分自身が
変わらなければ、
変わろうとしなければ、
何も変わらない。
変わるわけがない。
私にもあった。
何度もあった。
でも、
そんなとき私は、
目をつむり、
何度も何度も繰り返しつぶやく。
「花も芽もない冬の日は、下へ下へと根をのばせ」と。
不遇のとき(何をやってもうまくいかないとき)は、
功名心を捨て、認知欲(認められたいという欲求)を捨て、他者への嫌悪感を捨て、
当たり前のことを当たり前に行い、
自分自身の「根」をのばすことに集中する。
この「根」は誰にも見えない。
見てもらえない。
それでも、
未来の自分が実感することができるのだ。
必ず。
「明けない夜はないように、春の来ない冬はない」
頑張れ。
新社会人諸君。
Breakfast
Breakfastの和訳は「朝食」。
Breakは「破る」,「壊す」などの意味を持ち、
一方、
fastは「速い」,「進んでいる」などの意味を持ちます。
でもfastは実は同音異義語で、
「絶食」,「断食」という意味のfastもあるのです。
つまり、
Breakとfastの合成語でもある「Breakfast」は、
「破る」と「絶食」が合わさった意味になります。
「『絶食』を『破る』こと」---。
人間、一日のうち3分の1から4分の1は寝て過ごします。
当然、
寝ている間はものを食べません。
「絶食」しています。
そして、
その「絶食」状態を「破る」のが、
朝、眠りから覚め、一日の最初の食事、
「朝食」です。
だからBreakfast。
さあ、
朝食をとろう(´・ω・`)
Breakは「破る」,「壊す」などの意味を持ち、
一方、
fastは「速い」,「進んでいる」などの意味を持ちます。
でもfastは実は同音異義語で、
「絶食」,「断食」という意味のfastもあるのです。
つまり、
Breakとfastの合成語でもある「Breakfast」は、
「破る」と「絶食」が合わさった意味になります。
「『絶食』を『破る』こと」---。
人間、一日のうち3分の1から4分の1は寝て過ごします。
当然、
寝ている間はものを食べません。
「絶食」しています。
そして、
その「絶食」状態を「破る」のが、
朝、眠りから覚め、一日の最初の食事、
「朝食」です。
だからBreakfast。
さあ、
朝食をとろう(´・ω・`)