Spring Semester 2012
イタリアに帰ってきてから1週間が経ちました
春学期最初の1週間だったこともあって少しざわついてはいたけれど、やっと元の落ち着いた生活に戻ってきたな、という感覚
それにしても冬休み長かったなー
ドイツ行って誕生日迎えてロンドンで年越ししてタンザニアで6週間ボランティアしてたとか、自由すぎた!笑
これからは少し規律のある生活を送れそうです
そういえば日本の大学は今春休み真っ最中なんだよね
ヴェネチアにも日本人があふれております
こういう時、おれはここ住んでるんだぜ!って自慢したい衝動に駆られたりします。まだ半年も住んでないのに。お恥ずかしい。
でも普通の観光客の皆さんよりヴェニスのことを知っているのは確かなので、遊びに来てくれれば案内しますよ!だから誰か来て!笑
6月までならいる予定なので
さて、今回は今期取る予定の授業の紹介でもしようと思います
我らがVIUは、世界中の協定大学から、毎学期違う教授がいらっしゃって授業をするという一風変わった授業スタイルを持っています
よって毎学期授業は全く違うものになる
月 (1.Multiculturalism & Global Governance) 2.Italian
火 1.Apocalypse 2.Italian (3.International Management) 4.Tourism in Africa 5.Negotiating
水 同月
木 同火
今期は面白そうな授業が多かったのでよかったんだけど、明らかに火木がきつくなりそうなので悩み中
カッコ付きの科目どちらかを削ることになると思いますが、もしかしたら両方…
たぶんパッと見た感じ個性的な(なんとなくグローバルっぽい)授業が多いように見えると思いますが、その通り!
留学生ばっかりの大学なので、一応グローバルな授業が多いのです。おれにとっては嬉しい限り。
ひときわ怪しい輝きを放つApocalypseは、マヤ文明とかの世界の終わり予言とかについて学ぶ比較人類文化学的な授業で、ドイツから来た教授に教わります。Tourism in Africaも同じ教授。
それから一番役に立ちそうなのがNegotiating。その名の通り、色々な問題に対してどう対処し、人と交渉し、解決するか、という授業。ボストンカレッジから来た先生が教えてくれます。
と、まあこんな風に授業書いても面白くないかもしれないけれど。VIUで検索してこのブログを発見する人がいないとも限らないしね。
とにもかくにもイタリア最後の学期がスタートしましたよっと

春学期最初の1週間だったこともあって少しざわついてはいたけれど、やっと元の落ち着いた生活に戻ってきたな、という感覚
それにしても冬休み長かったなー
ドイツ行って誕生日迎えてロンドンで年越ししてタンザニアで6週間ボランティアしてたとか、自由すぎた!笑
これからは少し規律のある生活を送れそうです
そういえば日本の大学は今春休み真っ最中なんだよね
ヴェネチアにも日本人があふれております
こういう時、おれはここ住んでるんだぜ!って自慢したい衝動に駆られたりします。まだ半年も住んでないのに。お恥ずかしい。
でも普通の観光客の皆さんよりヴェニスのことを知っているのは確かなので、遊びに来てくれれば案内しますよ!だから誰か来て!笑
6月までならいる予定なので
さて、今回は今期取る予定の授業の紹介でもしようと思います
我らがVIUは、世界中の協定大学から、毎学期違う教授がいらっしゃって授業をするという一風変わった授業スタイルを持っています
よって毎学期授業は全く違うものになる
月 (1.Multiculturalism & Global Governance) 2.Italian
火 1.Apocalypse 2.Italian (3.International Management) 4.Tourism in Africa 5.Negotiating
水 同月
木 同火
今期は面白そうな授業が多かったのでよかったんだけど、明らかに火木がきつくなりそうなので悩み中
カッコ付きの科目どちらかを削ることになると思いますが、もしかしたら両方…
たぶんパッと見た感じ個性的な(なんとなくグローバルっぽい)授業が多いように見えると思いますが、その通り!
留学生ばっかりの大学なので、一応グローバルな授業が多いのです。おれにとっては嬉しい限り。
ひときわ怪しい輝きを放つApocalypseは、マヤ文明とかの世界の終わり予言とかについて学ぶ比較人類文化学的な授業で、ドイツから来た教授に教わります。Tourism in Africaも同じ教授。
それから一番役に立ちそうなのがNegotiating。その名の通り、色々な問題に対してどう対処し、人と交渉し、解決するか、という授業。ボストンカレッジから来た先生が教えてくれます。
と、まあこんな風に授業書いても面白くないかもしれないけれど。VIUで検索してこのブログを発見する人がいないとも限らないしね。
とにもかくにもイタリア最後の学期がスタートしましたよっと

タンザニア帰国報告書
お久しぶりです
27日の朝、タンザニアからイタリアに帰国しました
と同時に授業も始まって、友達と久しぶりに再会したり、今期から来た新しい留学生と話したりして今週はとても充実していました(その結果ブログを更新するのが遅れたのだけど)
もちろん思うことは色々あったのだけど、何から書いたらいいかわからないですね
ぐちゃぐちゃな長い文章になりそうですが、忘れないうちに書き留めておく
タンザニアで6週間過ごして受けたのは、'平和'な国だなー、という印象
それでもアフリカのイメージだった'貧困''戦争''病気'という印象は強くは感じなかった
もちろんこのイメージがステレオタイプでしかないこともわかっているけど、それでも想像と現実にはやはりギャップがあるんだな、と
それでも、'貧困''戦争''病気'がアフリカに蔓延しているのはまず間違いないだろう
おれが帰国した後、現地で知り合った日本人の友達が強盗にあったという話も聞いた
ただ地域によって程度に違いがある
自分は外の国には行かなかったから他国についてはわからないけれど、タンザニアに関して言えば、タンザニアはアフリカ諸国の中ではよく発展している国だ
120以上の部族を抱えながら、スワヒリ語という公用語を持ち、大きな内紛は起こっていない
観光資源が多いのも大きなアドバンテージ。タンザニアの東に位置する中心都市 Dar es salaam、その北東(フェリーで2時間)にはZanzibar、北部にはアフリカ最高峰のキリマンジャロとサファリで有名なセレンゲティ国立公園があり、国土の1/4は国立公園である。
実際観光で来る価値はあります。これもステレオタイプだけど、アフリカの広大な草原のイメージがタンザニアにはあった。こんな景色が見れます


観光地があるのは有利な点に違いないけれど、その利益を受けているのは北部だけ
たぶん田舎に行けば行くほど貧しくなるだろう
自分が過ごしていたMzumbeという村はMorogoroと言う町の近くの小さな村だったけれど、大学があるところだったのでそれほど貧しい地域ではなかった
それでも断水・停電は頻繁にあって、ひどい時は4日ぐらい水が出なかったり、1週間以上停電になったりしていた
そもそも断水・停電は第一の都市Darでさえ頻繁に起こる。この状況は何年も前からほとんど改善されていないらしい
幸いにも大学内は機能を失うことはほとんどなかったので、いつも往復40分歩いて大学にシャワーを浴びに行っていた(シャワーというか、リアルに水浴び)
まあこの状況を通して水と電気がどれだけ大切で、自分が普段どれだけ消費しているかってことを理解したのはプラスかな
水道水を飲めるってことがすげー
食事について
食事はおいしい。100円あれば満足した飯が食える。米があるのも嬉しい。しかし…、レパートリーがおおまかに2種類しかない。高いお金を出せばハンバーガーなどほかの物を食べることは可能だが、5倍近く払うことになる。なぜ料理の仕方を工夫しないんだろうか
プロジェクトについて
英語を子供たちに教えるのは大変だったけど、子供はどこの国に行ってもかわいい。これは真理。
言語の壁はやはりおおきくて、たぶん子供たちはおれのことをほとんど理解してなかっただろう
それでも名前いっぱい呼んでくれたり、あいさつ英語でしてくれたりは嬉しかった
教育環境はやっぱり悪くて、机や椅子は足りてないし、教科書のいたっては1冊ずつしかないような状態、先生の数も足りてないようだった
それでもおれの教えていた学校は校舎はしっかりしていたし、良いほうだったのだと思う
教育環境は良くはないものの、小学校から英語教育が始まってるのは素晴らしい
大学まで行くと授業は全て英語で行われる、そのためほとんどの大学生は英語を話せる(なまってるけど)
子供たち

プロジェクトもいい経験にはなったけど、結局一番良かったことは出会いがあったこと
ボツワナ、スイス、モザンビーク、中国、イラン、ガーナ、そらからもちろん地元の人たち。多国籍の人と仲良くなれたのは嬉しいことです
特に同じ日にタンザニアにやってきて同じ部屋に住んで同じプロジェクトやってた中国人のEricとYimoとはすごく仲良くなった
日本に帰国したら彼らのところに遊びに行きたい
あとは、なんだろ
日本の立地って最悪だよなー、とか、AIESECの限界とか、ボランティアって難しいな、とか色々考えたこともあるけど、それは次回まとめて書くとしよう
総括するとすれば
・タンザニア生活は大変だったけど楽しかった。大変だったけど挫けることはなかった(良くも悪くも)
・普段意識しない物を再認識した
・ほんの一部かもしれないけど、少なくともアフリカの現状をこの目で実際に見た
・世界/ネットワークが広がった
あ、あとマンゴー1個30円、パイナップル1個50円で買えるのはとても素晴らしかったですね
I won't miss food there but I will miss tropical fruits...
27日の朝、タンザニアからイタリアに帰国しました
と同時に授業も始まって、友達と久しぶりに再会したり、今期から来た新しい留学生と話したりして今週はとても充実していました(その結果ブログを更新するのが遅れたのだけど)
もちろん思うことは色々あったのだけど、何から書いたらいいかわからないですね
ぐちゃぐちゃな長い文章になりそうですが、忘れないうちに書き留めておく
タンザニアで6週間過ごして受けたのは、'平和'な国だなー、という印象
それでもアフリカのイメージだった'貧困''戦争''病気'という印象は強くは感じなかった
もちろんこのイメージがステレオタイプでしかないこともわかっているけど、それでも想像と現実にはやはりギャップがあるんだな、と
それでも、'貧困''戦争''病気'がアフリカに蔓延しているのはまず間違いないだろう
おれが帰国した後、現地で知り合った日本人の友達が強盗にあったという話も聞いた
ただ地域によって程度に違いがある
自分は外の国には行かなかったから他国についてはわからないけれど、タンザニアに関して言えば、タンザニアはアフリカ諸国の中ではよく発展している国だ
120以上の部族を抱えながら、スワヒリ語という公用語を持ち、大きな内紛は起こっていない
観光資源が多いのも大きなアドバンテージ。タンザニアの東に位置する中心都市 Dar es salaam、その北東(フェリーで2時間)にはZanzibar、北部にはアフリカ最高峰のキリマンジャロとサファリで有名なセレンゲティ国立公園があり、国土の1/4は国立公園である。
実際観光で来る価値はあります。これもステレオタイプだけど、アフリカの広大な草原のイメージがタンザニアにはあった。こんな景色が見れます


観光地があるのは有利な点に違いないけれど、その利益を受けているのは北部だけ
たぶん田舎に行けば行くほど貧しくなるだろう
自分が過ごしていたMzumbeという村はMorogoroと言う町の近くの小さな村だったけれど、大学があるところだったのでそれほど貧しい地域ではなかった
それでも断水・停電は頻繁にあって、ひどい時は4日ぐらい水が出なかったり、1週間以上停電になったりしていた
そもそも断水・停電は第一の都市Darでさえ頻繁に起こる。この状況は何年も前からほとんど改善されていないらしい
幸いにも大学内は機能を失うことはほとんどなかったので、いつも往復40分歩いて大学にシャワーを浴びに行っていた(シャワーというか、リアルに水浴び)
まあこの状況を通して水と電気がどれだけ大切で、自分が普段どれだけ消費しているかってことを理解したのはプラスかな
水道水を飲めるってことがすげー
食事について
食事はおいしい。100円あれば満足した飯が食える。米があるのも嬉しい。しかし…、レパートリーがおおまかに2種類しかない。高いお金を出せばハンバーガーなどほかの物を食べることは可能だが、5倍近く払うことになる。なぜ料理の仕方を工夫しないんだろうか
プロジェクトについて
英語を子供たちに教えるのは大変だったけど、子供はどこの国に行ってもかわいい。これは真理。
言語の壁はやはりおおきくて、たぶん子供たちはおれのことをほとんど理解してなかっただろう
それでも名前いっぱい呼んでくれたり、あいさつ英語でしてくれたりは嬉しかった
教育環境はやっぱり悪くて、机や椅子は足りてないし、教科書のいたっては1冊ずつしかないような状態、先生の数も足りてないようだった
それでもおれの教えていた学校は校舎はしっかりしていたし、良いほうだったのだと思う
教育環境は良くはないものの、小学校から英語教育が始まってるのは素晴らしい
大学まで行くと授業は全て英語で行われる、そのためほとんどの大学生は英語を話せる(なまってるけど)
子供たち

プロジェクトもいい経験にはなったけど、結局一番良かったことは出会いがあったこと
ボツワナ、スイス、モザンビーク、中国、イラン、ガーナ、そらからもちろん地元の人たち。多国籍の人と仲良くなれたのは嬉しいことです
特に同じ日にタンザニアにやってきて同じ部屋に住んで同じプロジェクトやってた中国人のEricとYimoとはすごく仲良くなった
日本に帰国したら彼らのところに遊びに行きたい
あとは、なんだろ
日本の立地って最悪だよなー、とか、AIESECの限界とか、ボランティアって難しいな、とか色々考えたこともあるけど、それは次回まとめて書くとしよう
総括するとすれば
・タンザニア生活は大変だったけど楽しかった。大変だったけど挫けることはなかった(良くも悪くも)
・普段意識しない物を再認識した
・ほんの一部かもしれないけど、少なくともアフリカの現状をこの目で実際に見た
・世界/ネットワークが広がった
あ、あとマンゴー1個30円、パイナップル1個50円で買えるのはとても素晴らしかったですね
I won't miss food there but I will miss tropical fruits...
Tanzania Life
こんにちは
人間の適応能力はなかなかで、アフリカの生活にももう慣れました
焼けるような常夏の日差しにも、毎日の似たような料理にも、アフリカンタイムにも慣れました
それに僕はもうバケツ1杯の水で頭も体も洗えます
まあ慣れたからといって、すぐにはアフリカ最高!なんてならなくて
暖かいお風呂に浸かって、おいしいご飯食べて、布団で寝たい、っていう欲求が心の底でむくむく育っている。イタリアではそんなのほとんど思わなかったのに。パスタ、ピザ、スプリッツも恋しい。冬も恋しい。
それでも、なんとかやってます
悪いことだけではないよ
星はとってもきれいだし、マンゴーパイナップルとか安いし、というか物価安いし。
発展途上国ではあるものの、都市に出ればだいたいのものは手に入る。
他のインターンとも仲良し。特に中国から来たEricとYimoはめっちゃいいやつ。アジア人同士、時間感覚とか味覚とかは共通するものがある。
実はすでに2人帰国しちゃったので、今は総勢7人。新たに日本人が2人来るとの情報もあるけど、真偽のほどは定かではない笑
日本人と言えば、周りに他の日本人は見当たりません。青年海外協力隊の人が近くの村で働いているらしいんだけど(ブログを見つけた笑)どこの村だかさっぱりわからない。
ダルエスサラームや、他の観光地に行くと、時々見かけることもありますが、アフリカの、それも都市じゃなくて村なんかに日本人いないよな、そりゃ。
別に日本人がいないから困るってことは特にないし。
プロジェクトのほうも順調。もちろん問題は山積みで大変だけど、周に3日しかないから以外と余裕はあったりする。
というか時間は余ってる。すること無いのってけっこう苦痛である。少なくともおれにとっては。
だから週末はいつもどこかに小旅行してます
先週末はザンジバルに行ってきました。
ザンジバルはスパイスと奴隷貿易で有名な島。タンザニアの東に位置します。
もちろんタンザニアの一部ですが、彼らは自治政府を持っていて、島に入るときにはちゃんとパスポートを見せてスタンプをもらいます。
このザンジバル、短期間の間にポルトガル、アラブ、イギリスに次々統治されて、独立したと思ったらタンガニーカと合併してタンザニア共和国になった、というすごい歴史を持っていて、世界遺産になるのも納得。
詳しい歴史は知らないので、興味ある方は調べてみてください。(そして教えてください)
スパイスツアーやダイビングなんかも有名なリゾート地ですが、今回は世界遺産のストーンタウンと、北のビーチに行ってきました。
すごくよかった。観光地だから物価とかめっちゃ高かったけど(それでも日本や欧州よりは安いけど)
ビーチにはなぜかイタリア人がたくさんいました。聞いたらイタリア人向けのロッジが多くあるらしい。
だからそこで働いてるタンザニア人はイタリア語が堪能。まさかマサイ族とイタリア語で会話する日が来るとはね、驚いた。
タンザニア滞在期間も、ようやく半分過ぎました。
すっげー長く住んでる気がするよ。時間の進み方が違うんだ。
ここからは早くなるかな
今のところ、あと2週間でプロジェクトが終わって、それからセレンゲティ国立公園(とできればキリマンジャロ)に行って帰国、というプラン
この経験が、何かプラスに働くように、学べることは学んで帰ろう。
人間の適応能力はなかなかで、アフリカの生活にももう慣れました
焼けるような常夏の日差しにも、毎日の似たような料理にも、アフリカンタイムにも慣れました
それに僕はもうバケツ1杯の水で頭も体も洗えます
まあ慣れたからといって、すぐにはアフリカ最高!なんてならなくて
暖かいお風呂に浸かって、おいしいご飯食べて、布団で寝たい、っていう欲求が心の底でむくむく育っている。イタリアではそんなのほとんど思わなかったのに。パスタ、ピザ、スプリッツも恋しい。冬も恋しい。
それでも、なんとかやってます
悪いことだけではないよ
星はとってもきれいだし、マンゴーパイナップルとか安いし、というか物価安いし。
発展途上国ではあるものの、都市に出ればだいたいのものは手に入る。
他のインターンとも仲良し。特に中国から来たEricとYimoはめっちゃいいやつ。アジア人同士、時間感覚とか味覚とかは共通するものがある。
実はすでに2人帰国しちゃったので、今は総勢7人。新たに日本人が2人来るとの情報もあるけど、真偽のほどは定かではない笑
日本人と言えば、周りに他の日本人は見当たりません。青年海外協力隊の人が近くの村で働いているらしいんだけど(ブログを見つけた笑)どこの村だかさっぱりわからない。
ダルエスサラームや、他の観光地に行くと、時々見かけることもありますが、アフリカの、それも都市じゃなくて村なんかに日本人いないよな、そりゃ。
別に日本人がいないから困るってことは特にないし。
プロジェクトのほうも順調。もちろん問題は山積みで大変だけど、周に3日しかないから以外と余裕はあったりする。
というか時間は余ってる。すること無いのってけっこう苦痛である。少なくともおれにとっては。
だから週末はいつもどこかに小旅行してます
先週末はザンジバルに行ってきました。
ザンジバルはスパイスと奴隷貿易で有名な島。タンザニアの東に位置します。
もちろんタンザニアの一部ですが、彼らは自治政府を持っていて、島に入るときにはちゃんとパスポートを見せてスタンプをもらいます。
このザンジバル、短期間の間にポルトガル、アラブ、イギリスに次々統治されて、独立したと思ったらタンガニーカと合併してタンザニア共和国になった、というすごい歴史を持っていて、世界遺産になるのも納得。
詳しい歴史は知らないので、興味ある方は調べてみてください。(そして教えてください)
スパイスツアーやダイビングなんかも有名なリゾート地ですが、今回は世界遺産のストーンタウンと、北のビーチに行ってきました。
すごくよかった。観光地だから物価とかめっちゃ高かったけど(それでも日本や欧州よりは安いけど)
ビーチにはなぜかイタリア人がたくさんいました。聞いたらイタリア人向けのロッジが多くあるらしい。
だからそこで働いてるタンザニア人はイタリア語が堪能。まさかマサイ族とイタリア語で会話する日が来るとはね、驚いた。
タンザニア滞在期間も、ようやく半分過ぎました。
すっげー長く住んでる気がするよ。時間の進み方が違うんだ。
ここからは早くなるかな
今のところ、あと2週間でプロジェクトが終わって、それからセレンゲティ国立公園(とできればキリマンジャロ)に行って帰国、というプラン
この経験が、何かプラスに働くように、学べることは学んで帰ろう。