広島の中区にある平和記念公園で
今年も式典が行われたそうです。

朝8:15といえば皆が
出勤し、せわしく活動している時間です。

こんな夏の朝に投下されるなんて
誰も想像さえしていなかったでしょうに。

学生時代中区に住んでいたので
平和記念公園の遊歩道は
バイトへ行く道として
よくウロウロしていました。

川が多くて蒸し蒸しする広島で
焼け野原となったあの場所で
生活するのはとても大変だったと
思います。

当時ご縁があって
お世話になっていた老夫婦がいて
しょっちゅう遊びに行っていた私と
ある高齢の女性と何回かお会いすることが
ありました。

そのおばあちゃんは夕方から麻雀をしにくる
のですが、ある日私に
「あんたどこの出身なん?」と聞かれたので
宮崎と答えたら
おばあちゃんが
「見たことないと思うから見ておきんさい」と
言って背中を見せてくれました。

体格の良いおばあちゃんでしたが
背中はケロイドでした。
20歳の娘時代に被曝したそうです。

「ピカでこんななったんよ」

背中は焼けただれた痕が
今もくっきりでした。

おばあちゃんがいない時に
老夫婦が教えてくれました。

「当時ピカでやられた人は差別されてね。
あのおばあちゃんもそう。娘時代に被曝したら
もう嫁にはもらってもらえん時代だったんよ。
だから生涯お妾さんにしかなれんっていうてね」

被曝でその後の人生も狂るわされる。

戦争は本当に普通の人の人生を
平気で狂わせます。

平和であるというのは素晴らしいことです。
毎年この日になると8:15に広島の街が
静寂に包まれる黙祷の数分を思い出します。

何の音もせず静かに死者の魂に手を合わせる数分。
宮崎でも手を合わせています。でも慌ただしくて
時間がいい加減になってしまいます。
それも平和なことだと思って過ごしています。