本書を初めて読んだ時の衝撃は忘れることができない。設定の凄さももちろんだが「生きる目的を失った人類」の行動が、とにかく形容し難いのだ。ラストも秀逸。昨年第二作も上梓され着実に進化しているようで楽しみだ。

 

No.127 2022.10.3(月)

此の世の果ての殺人/荒木あかね/講談社/2022.8.22 第1刷 1650+10%

 第68回江戸川乱歩賞受賞作!

 今年の乱歩賞受賞作は凄い、と聞いていたのでワクワクしながら読み始め、あっと言う間に驚愕の世界に取り込まれてしまった。これは、まさしく「満場一致」で当然の作品だろう。読んでいる間、ずっととんでもない作品を読んでいるんじゃないか。この世界観を言葉で第三者に簡単に伝えることなど不可能なんじゃないか、と感じていた。

 

 SFの傑作にネヴィル・シュートの作品で「渚にて」をすぐに思い浮かべる昔ながらの読者は多いかも知れない。

 人類滅亡の方法が核戦争と小惑星衝突との違いはあれ、確実にもうじき地球のほとんど生き物が死に絶える前提の物語ではある。それが、わかっていながら淡々と(実は足掻いているかも知れないが、表面上は淡々と)迫り来る“死を受けいる”人々の最期の暮らしを描く。

 

 しかし、根本的に違う点は……は。死を避けられない運命と受け入れながら静かにその時を待とうとするのか。結末は決まっているが、それでも犯罪は明らかにしなければならないと行動に移るのか。この違いは大きいだろうと思う。そのはっきり言って「ムダ働き」にしかならない「終末の殺人事件捜査」に必死に取り組む一人の「姉」と、自動車学校の運転教師で元警察官の二人の女性を丹念に描いている犯罪捜査小説であり、人間が生きることの意味を求める哲学小説でもある。強い意志で謎を解くために。弟の真実を知るために、だ。

 

 小惑星が地球に衝突する日本の九州。しかし、ハルは世界の混乱を達観し(?)ながらなんと「自動車学校にかよい車の運転を覚えようと」している。教習所の担当教官は元刑事のタフな女性イサガワ。なんとも言えないこの二人の空気感が絶妙で、あ、もしかしてこの先実は小惑星の衝突は回避されて終わるのか、などといらない心配までしてしまう。そんな安易な物語に乱歩賞はやらないだろう、と自らにツッコミを入れつつ、あんがいわかんんぞ、と。

 

 この物語と分析することなど、不可能に違いない。

 何しろ提示される謎がドンドン謎を呼んでいき頭がごちゃごちゃ。嵐の海に乗り出したへっぽこ船みたいなものだろう。グルングルンかき回され引き摺り回され、天地左右のバランスも失いただただ物語の深海に横たわるようになる。

 

……此の世の果て。まさに。そんな時に幾ら殺人事件とはいえ、感覚的には「どうであれすぐ死人だらけで滅びる運命」なのだ。そんな中で「殺人事件だから犯人を捕まえる」という発想をするか?

 

 正義はない。真実もない。あるのはただ滅びのレールの上を走る電車の片道切符だけ。

 恐ろしいアイディアでここまで突き詰めるとジッと息を潜めて見ているしかできない。

 

 ラストの静寂はほとんど奇跡。こんな世界に立つことがないようひたすら祈りたい。

 

—内容紹介を引く……

第68回江戸川乱歩賞受賞作。

史上最年少、選考委員満場一致。「大新人時代」の超本命!

……滅びゆく世界に残された、彼女の歪んだ正義と私の希望 正義の消えた街で、悪意の暴走が始まった……

 小惑星「テロス」が日本に衝突することが発表され、世界は大混乱に陥った。そんなパニックをよそに、小春は淡々とひとり太宰府で自動車の教習を受け続けている。小さな夢を叶えるために。年末、ある教習車のトランクを開けると、滅多刺しにされた女性の死体を発見する。教官で元刑事のイサガワとともに、地球最後の謎解きを始める……。

 

 著者の荒木あかね(アラキアカネ)さんは若い人でさらに驚く。1998年福岡県生まれ。九州大学文学部卒業。2022年、第68回江戸川乱歩賞を受賞した本作でデビュー。

 

 完全に彼女は世界を手に入れた。このままもしかするともしかして「直木賞候補」に名を連ねる可能性もあり、この先成長を見ていたい「大新人時代」の一人であろう。まごうことのない大傑作。

 ★★★★★