No.070 2022.6.12(日)

レーテーの大河/斉藤詠一/講談社/2022.5.23 第1刷 1300+10%

 ……僕は決して忘れないよ、と彼は言った。

 ……僕は決して忘れないよ、と私は言った。

 福永武彦『忘却の河』の引文で始まる敗戦直後の中国から18年後、「奇跡の復興」を全世界に高らかに宣言するための『東京オリンピック』までが日本の戦争だったのか。

 占領から同盟国と言う呼び名の属国になる道を選んだ日本。しかし、宗主国U.S.A.は日本を「共産主義の防波堤」としての列島の意義を持っていたのか。

 

 本書の真のテーマになっているのは、きっとそういう宗主国に何とか一矢報いる為に命を賭けようとした者たちの慟哭なのかもしれない。

 旧日本陸軍鉄道連隊中尉、最上雄介と石原信彦の2人は敗戦間際の中国大陸から「O機関」の荷物を日本に運ぶ命令を受ける。その駅で、親にはぐれた3人の子どもを車掌室に匿い乗せ帰国した。

 

 天城耕平。藤代早紀子。小野寺志郎。

 親を失い必死に生きてきた三人の孤児たちに待ち受ける運命の試練を描く昭和史の隠された一事件は、孤児たちと二人の旧軍人たちの命の軌跡だった。

 

 物語の重要なキャストの、鉄道公安官が良い味を出している。

特に、ベテラン公安官の牧省吾は物語全体を引き締めるキーパーソンになっている。彼の捜査が行き着くところに何が待ち受けているのか、読者は息を詰めて先を急ぐのだ。

 

 自衛隊に鉄道連隊があることを知らなかった。今もあるのかは分からないが、かなり重大な部隊かもしれない。

 

—内容紹介を引く……

 運命の車輪は回り始める。日本を揺るがす“危険な積み荷”とともに。

 江戸川乱歩賞作家が時代の闇に挑むノンストップ・サスペンス!

 終戦時の満州、そして五輪開催直前の東京。二つの「昭和」を貫いて走り始めた機密列車の後ろ暗い任務とは。

 楔になろうとした男たちの、捨て身の作戦とは。

 終戦間際の混乱で親を失った三人の戦災孤児。関東軍の機密物資を日本に運んだ2人の陸軍中尉。焼け野原から復興へ……オリンピックを目前に急ピッチで東京の整備が進む中、日銀の現金輸送担当者が線路に転落死を遂げた。

 事故として処理されるはずだったその死を合図に、二度と交わるはずのない人生が再び交差する。そして、運命の列車は走り始める。

 俺たちは駒だ。だが、駒だって逆らう……。

 

 一枚一枚薄皮を剥ぐように、じわりじわりと露になっていく戦後の闇が次第に怒りを感じて来る。その怒りは強権を持って日本を支配しようとする強大な国と、利権絡みで国を食い物とする政治家に対する怒りなのだろうか。この5人の命を賭けた闘いに涙を禁じ得ない自分がいる。

 

 個人的には、この『第一回東京オリンピック』には思い入れがある。

 小学生だった。昭和39年10月10日は平日で学校があった。校長が順番に校長室のTVを観せてくれたのだ。当時のTVは白黒が普通だったが開会式はそこだけカラー放送だった。そして、ブルーインパルス。5機の編隊が五輪の色を吐き出し大空にくっきりと五輪マークを描き出したのだ。体全体から湧き上がる震えを、小学生たちが抑えられるわけもなく、校長室は大歓声に包まれたのだ。

 いろんな「大人の事情」なんかは知らん。純粋に感動したことを60年近く経っても鮮明に覚えているのだ。

 

 物語のラストシーン。闇に包まれた政治から切り離された大空のブルーインパルスが印象に残り続けるかも知れない。

 ★★★★★