世の中は「ゴールデンウィーク」とか「最長何日間」とか。ずっと休みになってしまった人間にはあんまり関係ありません。毎日あっちこちにある本の山をひっくり返して次々に本を読んでいるだけの日々です。
No.069 2022.6.9(木)
渚の螢火/坂上泉/双葉社/2022.4.24 第1刷 1700+10%
琉球から沖縄へ。アメリカ「軍」せんりょうちから日本国へ。ドルから円へ。右側通行から左側通行へ。そして、パスポートから自由往来へ。
日本が始めた戦争で沖縄は唯一の国土が戦場になった。凄惨を極めた沖縄戦。敗戦により沖縄は琉球に戻り米軍占領下で27年が過ぎ、佐藤栄作とニクソンの間で本土復帰が決まった。
占領下の時間は、平成時代とほとんど同じくらいの長い時間だったことに気付く。占領直後に産まれた子供たちがもう成人しいっぱしの父親、母親になってもおかしくない時間の流れ。それが1972年5月15日で「日本人」になる。
そんな慌ただしく気を遣う時、日本円に切り替わるドルを輸送していた銀行員の乗った車が米軍を騙る何者かによって襲撃強奪される。100万ドルの行方は……?
担当に上げられたのは、八重山出身で本土の日大を卒業し琉球警察に入った。東京警視庁出向を経て返還に当たり本土復帰特別対策室の班長で、自分が何故警官になったかアイデンティティを探す真栄田太一が、何故かその捜査班を率いる事になってしまう。
本土復帰直前の沖縄で巻き起こった現金強奪事件を通して、沖縄の姿を描いた傑作サスペンスになっている。
ただ一点、余計かも知れないが日系2世の軍人は必要なキャストだったのか、とても気にかかってしまった。別に彼がいなくてもなんら物語に支障はないように思えてしまうのは、他のキャストが物凄く存在感があり、分厚さを持ったキャスティングなのでなおさらだが。
特に、室長で真栄田の上司になる戦後「民警察」時代から警察官で琉球警察関係者からの信望も厚い玉城泰栄の存在感は突出している。さらに、事務職員でありながら左ハンドルのフォードを爆走させる新里愛子。捜査一課の班長で真栄田と高校の同級生だった与那覇清徳のギラギラ光るような刑事魂が胸に迫る。
そして、戦争で全てを失い姉と二人きりで生きようとした男とその仲間たちの《戦争で全てが消えた》ものたちの存在が、今現在進行中のヨーロッパ侵略戦争を思い浮かべさせ、かなり辛いものを感じてしますのだ。戦争は始めたものが全ての責任を負うべきなのに、被害を受けるのは常に弱者、特に子供の未来を奪うことに強い怒りを感じてしまう。
—内容紹介を引く……
1972年春、警視庁に出向していた真栄田太一は本土返還が迫る琉球警察本部に帰任する。
その直後、沖縄内に流通するドル札を回収していた銀行の現金輸送車が襲われ100万ドルが強奪される事件が起きる。
琉球警察幹部は真栄田を班長に秘密裏に事件解決を命じるが……。本土返還50年を前に新鋭が描く昭和史サスペンス。
作者の坂上泉(サカガミイズミ)さんは、1990年兵庫県生まれる。東京大学文学部日本史学研究室で近代史を専攻し。卒業後は一般企業に勤務。2019年「明治大阪へぼ侍 西南戦役遊撃壮兵実記」で第26回松本清張賞を受賞。同作を改題した『へぼ侍』(文藝春秋)でデビューし、二作目の『インビジブル』で第164回直木三十五賞候補。第23回大藪春彦賞と第74回日本推理作家協会賞“長編および連作短編集部門”受賞している若手ホープ。
本書の本当の主人公は、圧倒的な暴力に晒され人生を失ってしまった戦争被害者になるのだろう。狂言回しとしての真栄田の役目は、あくまでも狂言回しなのだとも感じてしまった。暴力は何も解決しない、のではない。暴力が全てを奪い去る魔王なのだ。サスペンスであり、ハードボイルドの傑作である本書に勝者はいない。
★★★★★