No.152 2021.12.1(水)
笑うマトリョーシカ/早見和真/文藝春秋/2021.11.10 第1刷 1700+10%
この方の作品は2014年の「イノセント・デイズ」〈2015年日本推理作家協会賞(長編及び連作短編部門〉を受賞した驚愕の作品と、2015年「95 キューゴー」の二冊だけしか読んでいないので、最近話題になっていた「店長がバカすぎて」も読んでいないような通りすがりの読者だ。本質的に、等と言うことも出来ない。読後感の「爽快感」も「達成感」もない、恐るべき恐怖物語、のような感想を持ってしまったことも、実際に多くのファンを獲得されているので、たぶん【個人的な感想です】だと思う。
「恐怖感」というのは、政治に全く期待する年齢を通り過ぎてしまい、たいして興味もなくそれでも選挙権だけは行使するため選挙には行くことにしている、没個性のジジイには、この主人公(だろう)27歳で一気に政界デビューを果たし、官房長官になりさらに首相の座も狙う地位に登った【清家一郎】が心底、怖い。
マトリョーシカのように「剥いても、剥いても本体に辿り着かない」政治家が実際に国を動かしているとしたら……。
操られていると周囲の者が確信している“政治家”は、ある程度の行動原理の予測が「操っている者がわかれば」可能だし、対処方法も出てくる。
しかし、それが全く逆であればどうなのだろう。
〈自分の本質がなく、他者に操られていると思われていた男が、実はそう思わせる事で周囲を操っていた〉
これは、本文で何度も出てくるヒトラーとの比較にも現れるように、比較人類学になってくるのではないか。
本当の姿が分からない、とはいえ他人の真実の姿など他者に理解できる筈はない。そこにあるのは「推測と希望」だけだ。つまり、こういう人の筈……、こういう人であって欲しい……。
しかし、その本質はどうあれある程度の予測が出来そうなのが、人である筈。それが、この清家一郎にはない。それが、ひたすら【恐ろしい】のだ。
物語は「清家一郎とは誰?」から始まる。彼はいったい誰? 新聞記者の取材。高校時代からの盟友であった筈の政策秘書の視点。一郎の母の出自。母親と政治家だった父の関係。東アジアに固執する理由……。次々に明らかになっていく〈政治家・清家一郎の過去〉……。しかし、そこから浮かび上がるのは、実態のなさ。彼はいったい〈誰の操り人形〉なのか。
驚愕のラストで読者は、悪夢を見る。
—内容紹介を引く……
親しい人だけでなく、この国さえも操ろうとした、愚か者がいた。
四国・松山の名門高校に通う二人の青年の「友情と裏切り」の物語。
27歳の若さで代議士となった男は、周囲を魅了する輝きを放っていた。秘書となったもう一人の男は、彼を若き官房長官へと押し上げた。総理への階段を駆け上がるカリスマ政治家。
「この男が、もしも誰かの操り人形だったら?」
最初のインタビューでそう感じた女性記者は、隠された過去に迫る。
『イノセント・デイズ』の衝撃を越える、そして、『店長がバカすぎて』とも全然違う、異色の不条理小説が誕生。……
人間の正体は、絶対に分からないと思い知らされる。
他人の考えを知る事は、不可能だと知る。
ひたすら、読後の寂寥感と虚無感が押し寄せる物語。傑作!!
★★★★★