今月(2024年3月)時点で文庫化。発売中。この方の奥の深さは尋常じゃない。

 

No.149 2021.11.24(水)

ディープフェイク/福田和代/PHP研究所.2021.10.26 第1刷 1800+10%

 この先の日本のネット社会は、どうなっていくのだろう。いや、そもそも倫理観や論理はドンドン廃れていく可能性を強く警戒しなくてはならない監視社会になってしまうのか。

 AIは最先進技術であり、最高のパートナーに成る事を期待される夢のような技術なのだ。しかし、それはあくまでも「使う人の倫理観に左右される」事で、危険な脆弱性をも内包する。

 使う人の倫理観。そんなものに左右されてよいのだろうか。

 

 本書は、何も理由もないまま、いきなり「悪意の偽造証言を元にした週刊誌の記事が、一人の中学教師に牙を剥く」。身に覚えの無い写真を元にした記事。本人でさえ「知らない本人の行動」が、全く根拠の無い正義感でSNSでも拡散され、全てを失う瀬戸際に立たされる。

 

 善意の第三者の居ないし世界に、いきなり放り出されたら、何をどうしてよいのか分からないうちに、ドンドン悪意の対象にされ、生活を基盤から壊されていく主人公。それに対抗する手段も本人に思いつくスキルもない。普通の、まったく一般の人が〈善意の第三者〉を標榜する〈匿名の集団〉の標的にされる。この恐怖感は言葉では到底表すことは出来ないだろう。

 

 対抗する手段を持たない人間をターゲットにする意味。何がそいつを行動に移させたか。

 筆者は次々に強い意志を持って物語を進めていく。そこには、断固たる「こんな馬鹿な世界に負けてはならない」という思いが滲み出ているように感じる。

 

 読んでいて心底恐ろしいと感じたのは、何の関係もない他者が「歪んだ正義感」で、全くフェイクである事を事実だと思い込む時、倫理観はぶっ飛んで行くのだ。

 

 福田和代の現実を捉える眼の鋭さには驚かされる。静かに内省する主人公ではなく、ひたすら自分の無実をはらすべく事件に取り組む主人公を輩出するのだ。

 しかしその「正義と復讐の境界」に立った時に、人は正義を確信し維持出来るのだろうか。最後の最後で著者が投げかけた疑問は現代社会に浸透する〈我こそが正義を振りかざす一般人〉への警鐘に他ならない。

 その時の正義は、永遠の正義か。それは、法の下の平等に反した〈自警団〉の発想にならないのか。

 鋭い疑問が目の前に壁のように立ちはだかる。

 

—内容紹介を引く……

 過去、生徒間の事件を解決したことからメディアに取り上げられ、「鉄腕先生」と呼ばれ、コメンテーターとしても活躍する教師・湯川。彼はある日、自分が女性徒とホテルで密会したという週刊誌報道が流れていることを知る。さらに、「ディープフェイク(AIによる画像合成技術)」で精巧につくられた、湯川が生徒に暴力を振るっている動画もネット上に拡散。出勤停止、テレビ番組の降板、さらに妻子が家を出ていく中、ネット上では湯川に対する大炎上が巻き起こる。果たして、湯川を陥れようとしているのは誰なのか。そんななか、湯川の働く学校ではさらなる事件が起き…。

 

 それにしても、こういう世界の歪さは望まれたのだろうか。便利さを追求した挙げ句の果て現れてた現代は、病んでいるとしか思えないのだが。

 ずっと疑問に思っていた事がある。それは……どうして全く見も知らぬ、関係もない、本当か嘘かも判断できない事について、簡単に白黒断じてしまえるのか……。その指が押している単語の意味が本当に正しい意味での言葉を選んでいるのか……。誰が〈立証責任〉を負うのか……。疑問の種は尽きない。傑作!!

 ★★★★★