No.146 2021.11.17(水)

幻の旗の下に/堂場瞬一/集英社/2021.10.30 第1刷 1800+10%

 はっきり言って、面白い。

 幻に終わった戦前1940年、皇紀2600年を祝い国威力高揚の為に招聘が決まっていたアジアで始めての五輪「東京大会」。しかし、中国との戦争で開催を返上した日本。

 さらに、代替えのヘルシンキオリンピックは、ナチスドイツの仕掛けた戦争による影響によって中止。オリンピックに向けて真っ直ぐに突っ走ってきた大日本体育協会は、存続の岐路に立たされる。国の威信をかけてスポーツ大会を開催して良いのか。本来のオリンピックの姿はどこにあるのか。

 しかし、オリンピック招致を目的に、軍部との軋轢の中、引っ張って来た柔道・講道館の創始者嘉納治五郎の死をきっかけになり、日本はオリンピックそのものから撤退してしまう。

 それでもなんとかして日本で国際大会を開催したい、大日本体育協会は会長以下方法を模索する。得た結論は、その代替えにアジア各国を招聘し、東亜大会を開催しようとするものだった。そこに、野球を入れることを思いついた男がいた……。

 

 満州国建国以来拡大を続ける中国戦線。陸軍を筆頭にした反対勢力に手を替え品を替え立ち向かって行った男たちの姿を描くまさしく[交渉小説]の出来上がりだ。

 東亜球技大会開催にこぎ着けるまでの「緊張」と「挫折」の日々を描く、とんでもなく力の入る物語は、ハワイの野球チームを招待する事で、緊張高まる日米関係さえも意識せざるを得ない状況に陥る。

 それは、ハワイ朝日が「日系人のチーム」だった事にある。中国戦線を睨み、日本へ行ったらハワイに戻って来たときにどうなるか分からない、そんな思いが日系人選手たちの中にあったからだった……。

 

 新たな国際競技大会。その実現と参加に向け、海を越えた友情を信じて奔走する二人の若者を描いた胸躍る驚愕の物語にしている筆者の恐るべき剛腕に酔いしれる夜もあっていいのだ。

 

—内容紹介を引く……

 日中戦争の拡大を受け、東京オリンピックの返上が決まった1938年。大日本体育協会は、オリンピックに変わる国際大会の開催を画策していた。立教大学野球部出身で、末広の秘書を務める石崎は、体協幹部や陸軍などの政治的な思惑に疑念を抱きながらも、平和の象徴としての代替大会を開催するべく「面従腹背」な面々と交渉を重ねていく。一方、ハワイにある日系人野球チーム「ハワイ朝日」のマネージャー・澤山の元に、旧知の石崎から電報が届く。返上された東京オリンピックの代わりとして開かれる「東亜競技大会」に、野球のハワイ代表として参加してくれないか、という招請状だった……。

 

 物語が描かれている時期が、次第に読んでいて息苦しささえ覚える[年号と時間]なのだ。

 水泳が参加種目でなくなり、野球に主眼が移る中、国際大会(と銘打った国威高揚大会なのだが)を開催した男たち。それに遠くハワイから参加した野球団。どちらの国もこの時から数ヶ月後に待ち構えている運命を知る由もない。それを知っている読者にとっても、恐ろしい小説であることは間違いない。

 この大会に参加した男たちの、いったい何人が戦争の犠牲になったのだろうか。考えてしまうと、恐ろしさに身もすくむのだ……。傑作とは、このようにして完成されるものだと改めて知った一冊。

 ★★★★★