No.139 2021.10.31(日)

TOKYO REDUX(トーキョー・リダックス)下山迷宮/デイヴィッド・ピース/黒原敏行=訳/文藝春秋/2021.8.25 第1刷 2500+10%

 2007年の『TOKYO YEAR ZERO』以来の〈東京三部作〉最新刊で完結するのは、1949年の下山国鉄総裁が轢断死体として発見され、事実上の未解決事件になっている『下山事件』。

 この事件に関しては、松本清張を始めとして数多くの〈真相解明作品〉が上梓されている。日本の戦後占領期の闇を象徴する事件でもあり、陰謀説に走る可能性が非常に安易に事件でもあるのか。いずれにせよ、真相は「歴史の闇の中」に消えてしまっている。

 ピースの〈東京三部作〉は、敗戦後の占領期に起きた『小平連続殺人事件』、『帝銀事件』となる。

英国人のピースが抉る暗黒の昭和三大事件は、独特の切り口で解明のペンを走らせる。

 三部構成で語られる物語は、1949年の発生直後の混乱から事件捜査を命じられたGHQの公安捜査官ハリー・スウィーニーが次第に下山事件の闇に捕らわれていく様を描き、事件の真の姿がまるで見えない中で苦悩する、第一部 骨の山。

 第二部 涙の橋。東京五輪の1964年。元警視庁捜査一課刑事の室田秀樹が、行方不明の作家黒田浪漫の行方を出版社ガラリと来たと名乗る若い男から依頼される。しかし室田は女房の浮気調査を依頼された根室の妻の事件に巻き込まれる。そして黒田は何かを見つけていたのか?

 第三部 肉の門。1948年にCIAの工作員として来日したドナルド・ライケンバックは、1989年の秋、天皇が病気と戦っている最中に来日する。下山事件は、国鉄に共産党を浸透させるソビエトの陰謀があったのか。妻メアリーの工作が次第に明かになり、真実の姿が闇の中から浮かび上がって来る…。

 昭和の遠く過ぎ去った日々が、濃厚な文体で描かれる。恐ろしい闇だ。

 

 ピースの物語は、極端に「好き嫌い」の分かれる文章に飲み込まれるか、逆に飲み込んでしまって楽しめるかの二つに一つだろう。ピースの世界に飲み込まれてしまうと、文章の強調の繰り返しに次第に苛立つかも知れない。どこまでの、グイグイと押し込んでくる強い文章には、反発できるような強い精神力を必要とされるのだ。

 

 物語の奇妙さに入るまでもなく、放り投げても仕方のないことかも知れない。我慢して読めばどうこうというものでもないので、サッサと次の〈読みたい本〉に移ることもいいだろうと思われる。それほど、癖のある文章という意味で。

 

 本書を端的に表現しているのは、やはり推薦文のこの方だ。

 

……横山秀夫氏、感嘆。

 やられた。英国人作家が書いた「東京」に迷い込み、気がつけば、心はあらかた「占領」されていた。

 すこぶる付きの闇と謎と情念。

 しかも、小説としてべらぼうに面白い。

 もはや読むべき「下山事件」はないと思っていた。挑んだ筆者に敬意を表したい。

 異形の「シモヤマ・ケース」をありがとう。(横山秀夫 作家)……。

 

 さすがだ。これ以上の紹介はいらないだろう。

 

—内容紹介を引く……

 犯罪小説史に異形の刻印を黒々と刻む〈東京三部作〉、完結編にして最高傑作の誕生。

 1949年、占領下の東京で起きた下山事件。出勤途上で百貨店に立ち寄ったまま姿を消し、鉄路上で死体となって発見された下山国鉄総裁。この戦後最大の謎に挑んだのは英国の鬼才デイヴィッド・ピース。GHQ捜査官、元刑事の私立探偵、探偵小説作家、CIA工作員…占領都市の暗い迷宮に飲み込まれてゆく者たち。読む者を捉えて離さぬ魔術的語りの果てに、昭和の亡霊が甦る…あの闇を清算するのだ。戦後最大の怪事件「下山事件」にブリティッシュ・ノワールの鬼才が挑む。あの“黒い霧”を追い、狂わされ、追いつめられ、破滅していった者たちの姿を描く切迫の新文体。……

 

 とにかくこの〈切迫の新文体〉が曲者かも知れないので、かなり注意が必要か。

 戦後最大の謎の解明に、この結末を誰が予期しただろう。とても、とても……。

 それにしても。米軍の占領下では、いったい何が起きていたのか。いや、そもそも、戦争中の日本でと言い換えてもいい。歴史の大渦の中に放り込まれるのは、いつでも〈何も知らない無辜の民〉なのだろうし。

 一つだけ、気になってしまう箇所がある。それは、昭和天皇陛下の崩御の1988年から1989年1月の記述が日本人の心情からは少しばかりかけ離れて見える。それはそれで仕方のないことだろうけど、と思いつつ読了。ものすごい肩こり(笑)。

 ★★★★1/2