No.045 2023.4.17(月)

希望の糸/東野圭吾/講談社/2019.7.5 第1刷 1700+8%

再読

 刑事ものなのだが事件捜査というより事件のバックボーンの解明に特化した、と言った方がいいかもしれない。確かに、ミステリー色が前半部分はかなり強く、被害者の周りからは何も加害者に繋がる動機の欠片も浮かばない。捜査陣の焦りが次第に濃くなっていく中で、今回の主人公・加賀従弟松宮脩平の「違和感」が次第に物語全体を占めていく頃、ついに家族の姿へのアクセスに至り全容が明らかになっていく。

 その過程は、推理小説伝統の伏線を散りばめる手法に則り少しずつ革新に近づいていくことで読者の興味を「手品師の左手」に移すようになっていくのが、まさに直木賞作家の力業以外の何者でもない。凄みを感じさせる物語の描き方は、最後の松宮脩平のつぶやきに集約されていくのだが、それまで息を詰めじっと集中して読み進むのだ。

 

 家族。最初は全く他人の存在が出会い結ばれそして増えていく。家族の形はどうあれ、家族は築き上げる単位だろう。本書は、その家族の形を巡る物語でもあるのだ。

 

 主要な登場人物を見てみる。それぞれが「家族」を抱えた一人の人間として生きる存在として。

松宮脩平/警視庁捜査一課の刑事。

加賀恭一郎/警視庁捜査一課の警部補。松宮班の主任で従兄。

 

花塚弥生(はなづかやよい)/事件の被害者。『弥生茶屋』というカフェを経営。評判の良い経営者だった。

綿貫哲彦(わたぬきてつひこ)/花塚弥生の元夫。11年前に離婚してそれ以来、弥生とは連絡を取っていなかったが、殺される一週間前に弥生から連絡を受けていた……。

中屋多由子(なかやたゆこ)/綿貫の事実婚の相手。二度の流産を経て、子供を産めない危惧を抱きつつ暮らすが、綿貫が花塚弥生と接近しているのに驚き、やがて……。

 

芳原亜矢子(よしはらあやこ)/金沢で旅館『たつ芳』を営む女将。料理人で父親の真次は末期癌の病床に。弁護士を通じ遺言書を読み隠された事実を知る。松宮脩平を認知する……という遺言だった。

芳原真次(しんじ)/亜矢子の父。病床に臥している。婿に入っていたが一時期出奔していた。

芳原正美(まさみ)/亜矢子の亡母。学生の頃より森本弓子と恋愛関係にあったが、弓子の夫の嫉妬の末の無理心中の巻き添えで二人は即死したものの寝たきりで生存。真次は介護の為に「たつ芳」に戻る。

 

汐見行伸(しおみゆきのぶ)/地震によって子供二人とも亡くしてしまう。その後、不妊治療すえに女の子をもうける。

汐見萌奈(しおみもな)/中学生でテニス部に在籍。最近の親子関係は、一緒に食事をしないまでにギクシャクしている。

怜子/行伸の亡くなった妻。二人の間には萌奈の前に小学生だった娘絵麻と息子尚人がいたが、新潟中越地震で失う。

その後人工授精で授かった萌奈に愛情を注ぐが、萌奈は病院の間違えで「廃棄しようとしていた綿貫・花塚夫妻の卵子」だったことが判明するも出産。そして血の繋がらない父と娘を残し白血病に倒れる。

 

松宮克子/脩平の母。シングマザーとして恭一郎の父、克子の兄の支援で脩平を育て上げる。高崎で真次と出会い、そして脩平を身籠った……。

 

 家族創生であり再生の物語は、人間ドラマの凝縮された一大抒情詩のように展開していく。

 失われた家族。新しく生まれた家族。そして再び結び付く家族。

 

 一本の「希望の糸」が繋がっている限り、家族の絆は固く結びついているのだ。

 

—内容紹介を引く……

東野圭吾の最新長編書き下ろしは、「家族」の物語。

「死んだ人のことなんか知らない。あたしは、誰かの代わりに生まれてきたんじゃない」

ある殺人事件で絡み合う、容疑者そして若き刑事の苦悩。どうしたら、本当の家族になれるのだろうか。

閑静な住宅街で小さな喫茶店を営む女性が殺された。捜査線上に浮上した常連客だったひとりの男性。災害で二人の子供を失った彼は、深い悩みを抱えていた。容疑者たちの複雑な運命に、若き刑事が挑む。

 加賀恭一郎シリーズ最新作

 従兄弟の松宮脩平の出生に纏わる秘密が解き明かされ、事件の「受精卵取り違え」で起きた2つの家族へのリンクとなり、家族への愛が途切れず繋がった「希望の糸」として、感動的なラストへ。

 

 脩平は最期の時を待つ真次と対面する。「姉」亜矢子に真次が大事にしていたと一枚の写真を見せられる。そこにはキャッチボールをする真次と脩平が写っていた……。

 亜矢子が席を外したとき、一瞬真次の目が薄く開く。「お父さん」脩平の呼びかけに反応したのか真次の目が薄く開く……。

 

……長い糸が切れていなかったことに、ただ感謝していただけだ……と。

 

 物凄く怖かったのは、綿貫が収容されている多由子と面会した場面。

 これはどうとればいいのか。綿貫はただただ「自分の子供が欲しかった」だけなのか……。多由子の「ウソ」はいったいどう判断すればいいのか……。難しい問題を投げかけられたような気がするのだ。

 ★★★★★