先日「第169回直木三十五賞候補作」が発表になったので、急いで[ついこの前の直木賞]を上げておこうとジタバタした。とにかく圧巻の歴史大作(もっとも大東亜戦争が既に歴史の中に埋没させていいのかどうかはさておき)だ。その上、重い。厚い。とくるので非力な方は通勤途中で持って歩くのはほとんど不可能ではないか? 京極堂の弁当箱サイズと似たような体裁なのでねっ転がり読むのも危険なのだが。

 

No.009 2023.1.19(木)

地図と拳/小川哲/集英社/2022.6.30 第1刷 2200+10%

 

 

 第168回直木賞受賞作品

 いや、この方が全編を通した影の主人公であり物語のフィクサーだとは思わなかった。激しい戦争の時代、昭和の苦闘を体現しているのが、細川だとは。

 

 読み終えてかなりのエネルギーを使ったなと思う。多視点で描かれる物語は、それだけでも結構な気配りと集中力がいるのでひどくエネルギーを消費するようだ。何人かの登場人物がいたとしても、誰の視点で描かれるのかハッキリした物語だと、その者に集中していることが出来るからなのだろうか。本書に関して言えば、それは誰とも限らず例えば細川に集約しようが、須野の兄弟に集中しようが、いつの間にか視点が変化していて、そちらに集中して物語世界に入り込んでいるのに気づく。これは案外疲れるのだ。

 かといって、本書が視点の統一が見られないなどという事はない。本当の意味での主人公が圧倒的に“都市を創造する事”であれば、人間は実はどこまで行っても“わき役”か“狂言廻し”でしかない。

 

 舞台設定と登場人物たちの人生が読み進めるうちにどんどん読み手の身体の中に滲むように入り込んでくる。その圧力からは絶対に逃れられない。必死に巻き込まれない為に脚を踏ん張り耐える以外に方法はない。大変な労力なのだ。

 

 物語は、ほとんど全編に渡り中国東北部に一時期【日本(関東軍)】が他人の土地(中国大陸)に無理矢理作ってしまおうとした「満州国」を舞台に、何もない平原に近代都市を創造しようとした男たちの足掻きと絶望と希望を描いている。

 

 この物語では、いろいろな人々が己の命をかけ、自らの希望=目的を果たそうとする。対立、戦争、一つの集落の消滅、虐殺と謀略……。これでもかと読者に突きつけてくる【if】もしくは歴史上の事実をよけては通ることは出来ないだろうと思われる。その時点では、日本人対日本人にさえなるのだから。

 

 ロシア人神父、満州の反日勢力。日本軍と手を結び利権を手に入れる中国人。孫悟空。共産軍。国民党軍。日本軍。

 それぞれの言い分は全てそれぞれの範疇で正しい。それが全ての人間が納得出来かねるとしても……。

 

—内容紹介を引く……

【第168回直木賞候補作】(受賞)

【第13回山田風太郎賞受賞作】

 「君は満洲という白紙の地図に、夢を書きこむ」

日本からの密偵に帯同し、通訳として満洲に渡った細川。ロシアの鉄道網拡大のために派遣された神父クラスニコフ。叔父にだまされ不毛の土地へと移住した孫悟空。地図に描かれた存在しない島を探し、海を渡った須野……。奉天の東にある〈李家鎮〉へと呼び寄せられた男たち。「燃える土」をめぐり、殺戮の半世紀を生きる。

 ひとつの都市が現われ、そして消えた。

日露戦争前夜から第2次大戦までの半世紀、満洲の名もない都市で繰り広げられる知略と殺戮。日本SF界の新星が放つ、歴史×空想小説。

 

 SFの手法を使い描かれた一大歴史小説。民族のクロニクル、とでも言っていいのか。

 ラストの瞬間に我に返る。

 これは、人間の全てが描かれた叙事詩だと思い知らさせるのだ。これを傑作と言わずしてどう言えばいいのか。

 著者の小川哲(おがわ・さとし)さんの簡単なプロフィールは。1986年千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。2015年に『ユートロニカのこちら側』で第3回ハヤカワSFコンテスト〈大賞〉を受賞しデビュー。『ゲームの王国』(2017年)が第38回日本SF大賞、第31回山本周五郎賞を受賞。『嘘と正典』(2019年)で第162回直木三十五賞候補となる。とデビューからあっと言う間にスターダムに昇りつめた異色の【SF作家】である。

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