No.110 2015.7.12(日)
神様のカルテ0(ゼロ)/夏川草介/小学館/2015.3.1 第1刷 1300円+8%

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 「神様のカルテ3」が2012年の8月なので、ほぼ3年近く経っての上梓になる。主人公の二人・医師の一止と妻で山岳写真カメラマンのハルさん(榛名)が、二人で歩み始める前の「承前」の短編を4本収録。
 「有明」…医師国家試験直前の一止ら最終学年の医学生たちの姿。その後の“医学生たち”の若い姿が描かれている。白樺峠の鷹柱(たかばしら)のエピソードが印象深い。
 「彼岸過ぎまで」…本庄病院が『24時間365日対応』を打ち出す直前と、その最中のエピソード。外科部長の乾が独立する直前でもある一時期の病院の姿を描いている。内科部長の“大貍”板垣医師、その副官の内藤副部長といった懷かしいメンバーと、冷静沈着の事務長金山の医療に架ける真摯な態度に頭が下がる。
 「神様のカルテ」…無事に国家資格を取得し医師の道を歩み出した一止。研修医として本庄病院での格闘を描く。ひよっこの医者の卵が、一人の元国語教師を初めての患者にしてことでしる「神様のカルテ」の意味。辛く、切ないエピソードが胸に迫る。
 「冬山記」…冬の常念岳で出会った一人の“でかい荷物を背負った小さな写真家”ハルさんのエピソード。滑落し死を受け入れた男。難病で子供を失った若い夫婦。四人は、大荒れの冬山のロッジに閉じこめられる。山は生きて戻るために登るのです。
 
 実は本書の中でこのハルさんの章がもっとも心に響いてしまった。
 ―一人ぼっちなのは自分だけじゃない。人はみんなひとりなんだって―
 ―ひとりだってことは、嬉しいことも哀しいことも全部自分が引き受けるってことです。だったら毎日を大切に積み上げて、後悔しないようにしたい―
 「でも、それってなんか、すごく苦しいことじゃない?」
 ―本当に苦しいのは、自分だけが一人ぼっちだって思うことです。そうして、何もかも投げ捨ててしまうことです。そんなの、間違っていますし、悲しいですし、なにより、かっこ悪いです―

 この章で思わず涙を流してしまった。
 そう、このハルさんは強い。孤独に耐えることに、自分をしっかり見つめていることのできることに、もの凄く“かっこいい”と思ってしまったのだ。凄い、凄い。
 現役の医師による“ヒューマニズム溢れる”シリーズという冠は、あまりにベタだろう。
 人の生死に関わる者たちの真摯な態度こそが、本シリーズの根幹をなすものだ。そうして見た場合、登場人物たちの会話が真の意味を表している。
 一止の面接で乾が問う。
 「君は、本庄病院が掲げている“24時間365日対応”の看板を見てどう思うか?」
 青年はわずかに考えてから静かに応じた。
 ―医療の基本だと思います―
 
 医者が全員「赤ヒゲ」であるはずはない。むしろ真逆が多いだろう。しかし、患者にとっては「病院という場所は24時間365日、困った人がいれば、手を差し伸べてくれる場所であってほしいと思います」。

 国家の指導する医療と、病院を頼るものがして欲しいと思っている医療は、根本的に喰い違う。それを、如何に近づけてくれるか、それが医療に携わる関係者の成すべき仕事なのかも知れない。考え込んでしまった一冊。秀逸。
 ★★★★1/2