No.097 2015.6.23(火)
過ぎ去りし王国の城/宮部みゆき/角川書店/2015.4.30 第1刷 1600円+8%

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 異世界ファンタジーの世界を、現実の厳しい世界にリンクさせることによって“この世界と違う並行世界へと”物語る。宮部みゆきの得意分野を詰め込んだ、いわば“宮部みゆき史観”の一冊。
 隣のクラスの女の子が厳しい現実に喘ぎながら、絵を描くことで現実をシャットアウトしどうにか“半日づつ”生きている城田。そのことを知った“テニス部の壁のような部員”である主人公・真。偶然知り合った漫画家のアシスタント・パクさん。3人が知り合い“絵の中”の城へと入り込む。不思議な中世の城の世界へ。
 その絵は、真が近所の銀行の展示スペースで見たもの。貼っていたテープが取れ床に落ちていた“城の絵”を、何気なく真が拾い、自宅に持ち帰った事でいきなり世界は動き出す。
 絵の中に飛び込んでしまう。真は隣のクラスに絵のうまい女生徒・城田を思い出す。そして…。
 物語の本筋は、SFではちょくちょくお目に掛かる“ここと違う次元の同じ世界”もの。SF者にはお馴染みの設定だろう。平衡して同じような世界が構成されていて、何かをきっかけにして複雑に絡み合ってしまうというもの。
 横糸には、城田珠美という“ハブられ”ている女生徒の厳しい現実生活。一流の漫画家を目指していたのだけど、“ネームがまったく通らなくて”仕方なく漫画家のアシスタントをしている内に、一人暮らしの母親の死にあう。誰にも知られずに亡くなっていた母の死に衝撃を受け、描くことのできなくなった中年のパクさんの人生。そして、突出することなく目立たないようにしてきた真の存在証明が入り込む。
 もう一つの核は、六歳の時に姿を消してしまった少女・秋吉伊音(イオン)という存在がこの物語を動かしていく。
 “過ぎ去りし王国の城”に囚われた少女。なぜ少女はそこにいるのか。謎を解いていくうちに、3人の前には“世界を動かす”事実が浮かび上がってくる。
 物語はいろんな事を内包しながら、グングン核心へと突き進む。
 面白い。ただ単純に面白いのではなく、いろんな事を考えながら深く考え込みながら読む本になっている。人はなぜ生きるのかの疑問への解答、とも言うべきか。この世界観は、宮部みゆき史観そのものだろう。生きていることが大切なのだと。
 ただ、問題はこのラストへ導くためにかなり無理を重ねてしまっているような気がするのだが、それもSF的物語という大前提を前にしては、引っ込まざるを得ないかとも。例えば、主人公達は最初から「こうなるはずだ」と“絵”の中へ入り込むのだけど、入り込めない“現実”も、いや、これは普通小説の思考か。しかし、こうあるべきだから、こうなるべき、というのは少々納得がいかないのだけど。仕方ないのか?

―居場所なんか、どこにもなかった…。悪意と暴力、蔑みと無関心が、やわらかな魂を凍りつかせる。ネグレクト、スクールカースト、孤独や失意…。傷ついた彼らの心が共振するとき、かつて誰も見たことのない世界が立ち現れて。「今」を引き受けて必死に生きるすべての人へ…。心にしみこむ祈りの物語―

 このラストは、これでいいと思う。これでなくては宮部みゆきではないとも思う。
 しかし、後半の違和感の原因が“平穏への波風”のような印象となっているのも、事実ではある。考え込むラスト、かとも。しかし、傑作。紛れもなく宮部みゆき世界の具現。ただし、本書はけして「お話」で終わってはいけないのだと言うことも、読むものに突きつけてくる凄まじさも併せ持っている事も事実だ。心して読まれたし。
 ★★★★★