No.067 2015.5.5(火・祝)
槐 エンジュ/月村了衛/光文社/2015.3.20 第1刷 1600円+税

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 本当に今、この人から目を離せないと確信させるに違いない“冒険小説の快作”。
 ストーリーも単純なようでいて、中に秘めた作者の強い“独立心への願望”と“今、生きるために何をすべきか”の問い掛けが随所に見え隠れし、息をするのも忘れるほどの激しい傑作の誕生だろうと確信しないといけないようだ。
 「振り込め詐欺」で自分の名前を騙られて祖母がお金をだまし取られ、ショックで自殺してしまった中学三年生の少年・公一。
 公一をずっと好きなのに言い出せなくて、側にいることで満足し同じ部に所属している少女・早紀。公一の親友で同じ部の仲間・進太郎。後輩で薙刀部との掛け持ちの元気者・茜。茜の幼稚園からの友達で引き籠もりになりかけの少女・景子。一年生の小猿に似た俊敏な少年・裕太。部活に入っていないが、問題行動が多く不良のレッテルを張られ懸けている少年・隆也。
 中学三年の最後の夏休み。“野外活動部”の夏合宿が行われようとしていた。7人の生徒を引率するのは、顧問が直前に脚を骨折したことで教頭・脇田が代わりになり、副顧問のどこか投げやりな女性臨時教師・由良の二人。合計9人の“夏”は、今時携帯電話の通じないキャンプ場で幕を開けた。
 背景に振り込め詐欺グループの存在と、中国人マフィアの存在があり、振り込め詐欺の搾取金40億円の奪い合いがメーンになっていく。
 冒頭から不穏な空気が流れる寂れたキャンプ場。今時、携帯電波の届かない場所はどんなに自然豊かな場所であろうと敬遠され、そして廃れていく。
 そんなキャンプ場に40億もの大金が隱されている! いきなり始まる“半グレ集団”によるキャンパーへの暴力。情け容赦もなく、次々に誰であろうと殺害して回る狂気の集団の中に放り込まれてしまう中学生の一団に逃げ道はあるのか。突きつけられた散弾銃の恐怖から、逃げることができるのか?
 そして、由良先生の隱された正体が明らかになる。実際は、元日本赤軍の闘士を祖母に持つ、クオーターの女性戦士・三ツ扇エンジュ。国際指名手配のテロリストだった!
 このエンジュの造形が見事に真ん中ズバリ“冒険小説の芯”を捉えている。先頃亡くなった故・船戸与一の描いた“守るための存在を持った戦士”であるべき姿を具現化した存在。テロリストであり戦士。寄る辺なき身の孤高の戦士。エンジュが最後に呟くセリフが泣ける。犯罪者の姿を想像しながらも、思わずニヤリとしてしまう存在感は凄いのひと言だろう。
 事なかれ主義の口うるさい教頭が隱していた真の姿は、現役最強の柔道家だった! 脇田教頭の戦いに涙しない者はいない。凄まじいばかりの「柔道家の魂」が、猛然と立ち上がってくる。万感を胸に子どもたちを守るべく立ちふさがる柔道家・脇田に胸を突かれる。

―生き残れ! 絶望的な戦いに挑む中学生たちを守るのは、冷徹にして不適な最強の闘士。―

 傑作。まさしく、正統派の誕生だろう。船戸与一の後継者、誕生。
 ★★★★1/2