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No.008 【あの日にかえりたい】(乾ルカ、実業之日本社、2010.5.25、1500円+5%)
  収録は6篇。扉にある「あの日」の思い出を持つすべての方へ〜が主題の短編を収録している。
  どうしても、人間は後悔の念を持ちながら生きていく。そんな中で、フッと気づいた6人の主人公達の姿を通して、「人生の岐路」を鮮明に描き出していく。
 この人の文章の匂いが好きだ。
 現実を“幻”と捉える文体が、好きだ。不思議に“安心感”をもって読むことが出来る。読むのがたった2冊目だとしても関係ない。どこかに残されている“境界の曖昧さ”を実に丹念に描き出してくれる。そう、例えば、浜田省吾の唄「マネー」にあるように、逃れようとするものに対する問い掛けのように。

  「真夜中の動物園」。小学六年生の遠藤正は、同級生のイジメにあい、ようやくやって来た夏休みで、いじめっ子に会わなくなるというのに、成績のことで両親に責められる。夜中に家を抜け出し家出のつもりで出た正は、“夜中の動物園”に紛れ込んでしまう。親切な筋肉質の飼育員に案内された園内は、様々な趣向を凝らした「展示型の動物園」だった。しかし、その動物園は実は閉園の危機にあるくらいの、入場者激減で悩む動物園だった。
 この短編集の中に収録されている「主人公」の中で、一番印象に残ったのは「翔る少年」。
 最初の物語が“旭川動物園”にイメージされたものだとしたら、これは文中にあるように北海道の地震「北海道南西沖地震」が主題になっている。地震の後すぐに襲ってきた津波で多数の犠牲者を出してしまった、北海道の悲劇。
 少年、西田元は見知らぬ新しい住宅街を靴下裸足でおでこから血を出してあるいているところを「太ったおばさん」に自宅へと誘われ手当をして貰う。元の書いた「作文」が、後まで残ってくる。哀しい、切ない。それでいて、とても心が温まるような、物語。
 表題作「あの日にかえりたい」。ラストの解釈が非常に難しいかと思われる。奥さんへの深い愛情と、自分がしてきた事への悔悟。人はいろんな事を抱えながら最後の時を迎える。楽しいことも、哀しいことも、辛いことも何もかも背負って行く。語り部になる一人のボランティアの心を鏡にして、夫婦の愛を少し考えさせられてしまった。
 「ヘビ玉」。花火の事だと気づくまでしばらくかかった。高校生のソフトボール部で5人の少女たちは一緒に過ごしてきた。15年後の会おうねという約束を交わし。
 辛い物語だ。これは、ただひたすら人の心を知る。
 「did not finish」。スキー選手が事故で亡くなる。その自分が事故の後の横たわる姿を上空から見ている。そして過去を遡っていく。「死ぬ間際には走馬燈のように過去が蘇って」しまうか、という事をプロットに、自分の人生を遡っていく。
 「夜、あるく」は、一本の“ハクモクレン”の木の周辺で知り合った一人の老女と、札幌に転勤になった一人の若い女性が“冬にあるく”事で知り合い、巡り会いの奇跡をみる。少し、アイデアに頼ってしまったかの印象が残ってしまった。しかし、ラストの「やっと明日がきた」という言葉の重みは、しっかりと生きているものにしか感じることの出来ない真実なのかも知れない。

 わずか2作の「短編集」を読んだだけで、作家を語ることは不可能だろうか。この人の文章の持つ独特の匂いを感じられることが?
 世界観の不思議さを考えさせられる人だ。そう思うと、今の自分が果たして「本物なのか」気になって仕方がない。