また、今日もテレビを観たら不安になって、ついついブログなどを見てしまいました。
止めれば!!です。
いろんな人がいろんなことを言うのを、聞いてちゃ時間がいくらあっても足りないです。
今日も、
経営者の方々は、従業員さんの雇用や、お店を守るためにがんばっていらっしゃると思います。
私は、といえば
従業員さんがいないのを、いいことに
ゆっくりしてしまっています。
それで、ニュースを、見たりしてしまうんですね。
ニュースは、放っておけば
オールドになって来ます。
オールドになると、
一喜一憂しませんし、
「そんなものか」と受け入れられる気がします。
「どうなるんだろう」
という不安な気持ちで、
ニュースを探してしまうのですが、
ある意味、なったらなったで仕方ないのかな、と
思ったりもします。
探していますと、けっこう、「とんでも」記事に出会います。
たとえば、アメリカの地下で人身売買されていた子どもたちを救出している、といった記事です。
そうかもしれないし、そうではないかもしれません。
私の人生には、
そんなに必要ない情報かな、と思ったりします。
人権問題ではないか、しっかりしなさい、
と 言われるかもですし、
逆に、「そんなとんでもない情報を信じるのか」と
言われるかもです。
ここで、自分は、
「そうかもしれないし、そうではないかもしれない」
と あくまで中立でいたいと思います。
私は、アメリカに行って、実際に見ることができないので、
結果を受け止めればいいかなと思います。
アメリカでは、
ニュースで言われている「医療崩壊」が
本当に行われているのか、
市民 1人1人が
街に出て、確かめ始めたようです。
確かめる人もいるんですね。
ところが、
調べたら、誰もいなかった、、という動画が
延々と、続いています。
大人しく、家に居れば
わからなかった情報ですね。
「その裏で、何が行われているのか」、とか
そもそも、裏があるのか、とか
私は そういうたぐいの話に
今まで、極力、参加しないようにしてきました。
人生初の、「そういうたぐいの話に参加」です。
それほど、このコロナウイルスの話は、
客観的データよりも、
誰だれが言うから、そうに違いない、という感じで、
皆さんが一斉に自粛し、
そして緊急事態宣言が出るに至りました。
〜〜
ちょうど、幕末に似ている状況に思えます。
尊王派
尊皇攘夷派
開国派
鎖国派
入り乱れて、
何が本当に正しいのか
どう考えればいいのか
意見が分かれていました。
また、ナチスのユダヤ人迫害の時にも
似ている気がします。
人々が家の中に潜んでいること、
通りがゴーストタウンのように見えること
パニック状態になっている人も多いこと。などです。
そして、日本の戦時中、戦前にも似ている気がしました。
誰かが誰かを監視して、
誰かが誰かを責めて、
一致団結して、励ましあって
この苦境を乗り越えればいいはずですのに、
「責める」方向にベクトルが向き、
責める、に対する「責められる」恐怖まで 加わるものですから、
何重苦にもなって、
よけいに息苦しくなってくるのかも、しれないですね。
責められないように、私はちゃんとしなきゃ、
と
思ってしまいます。
それが、新たなストレスを生み、
「私はちゃんとしている。
なのに、あの人は」
と、
また、さらに、
「責める」方向にベクトルが
行っているような
気がしないでも、ないのです。
これが、自由な発想や つながり、
愛や共感を阻害してしまう原因のように思います。
「コロナが大変だから、家に居よう。
そして、家で 楽しいことをして過ごそう。」
以上。
で、いいかなと思います。
これが、
「あの人は ああで どうで」と言い出すと、
苦しいのかな、と思ったりします。
私も、そろそろ、ニュースを見るのをやめて、
また、人の話や、人のコンテンツや、人のユーチューブをどんどん取り入れるのも、止めまして、
裏の裏の裏まで、考えることも、止めまして、ですね(下手な考え、休むに似たり、です)
自分のこと
自分の好きなこと
自分の研究
に
打ち込もうかな、と思います。
コロナが終息して、
ボロボロの抜け殻になっているのか、
「あー、いい休憩できた」
と思うのか、
ニュースに振り回されてクタクタになっているのか、
研究を深めて、
皆さんのお役に立てるコンテンツを生み出せているのか、
それが、これからの自分に かかっていると思います。
(って、やっぱり
明日も、ニュースを見てしまうかもですが)
いっそ、
携帯電話を どこか別の部屋に放置して
見ないでおいて
夜だけ見ようかな
と 思ったりします。
皆さんは、どうされますか?
明日、日曜日が
素敵な1日に なられますように❤
大阪気功 太田マスミ

