今日は友人に会うことになっていたのですが、岡山に行くので延期してもらいました
ら、
岡山は、そんなに急がなくて良かったとわかり、
急きょ、家の用事をやりました。
(こないだ、夫と4日ぶりに会い、
今回は私が明日まで岡山で夫が今夜東京から帰りますので、
今度は
2日ぶりに会うことになります。
どんな遠距離結婚なのか、という感じです。)
家の掃除もアイロンかけも久しぶりにできました。
(こういった、やらなくても死なない系の家事は、後回しにしがち、
いえ
後回しにします)
今朝は、急患さんがいらしたので、
仕事もできました。
明日、出雲大社に行かれるというおかたでした。
すごくスピリチュアルなおかたですので、
出雲大社前にうちに来られることになっていたのかなぁと思いました。
「マスミさんのFacebookに
神社のひ孫と書いてありますが、
どこですか?」
と 聞かれて
「太鼓谷稲成神社です、津和野の」
と申しました。
「出雲大社からは遠いですか?」
「はい、出雲大社の左の上くらいで
島根県の津和野という街にあります」
(地図を説明できなくて
左、というのは西、
上、というのは北、
という意味でした。今になって言えます汗)
うちの ひいおばあさんは、
神社出身、といいますか、
神社の娘だったのです。(父の母かた)
(どこか地上から浮いているような感じ、
地球上のことが苦手な感じ、
現実がよくわかってなくて
直感だけで動きたい感じ、
こんな自分は神社系統の特徴が濃いのかなと思います。
これは、父親と自分に 特に濃く出ています特徴で、
ほかの家族のメンバーは
どちらかと言いますと、
まともです)
ーーー
ここからは
思い出バナシなどです。
父の父かたのおばあさん(私にとってひいおばあさん)は、
山口県で、六歳まで一緒に住んでいました。
ものすごく気が強いおばあさんでした。
この人のことはわかるのですが、
父の父かたのおじいさん(私にとって ひいおじいさん)のことを聞きますと、
「顔が丸い人じゃ」
と、父は言いました。
「うーん、私としては、名前を教えてほしいんだけどな」
「しょうがねえが、おじいさんは、
精一杯じゃ」と母が言いました。
先週のことでした。
父母が元気なうちに
家のことを聞いておきたいと思います。
母かたのおじいさん(私にとってひいおじいさん)は、
山口県阿武郡で、
家が立ち退きになって大きな家を建てたと聞きました。
そこは、私の世代のひ孫があとをとっていらっしゃるのだそうです。
そこの家のことも聞いておかなくちゃ、です。
阿武郡に迎撃ミサイルを設置するのだそうで、
親戚のおじさんからハガキが来ていました。
そのかたも、私にとりましては初耳で、
「うちには親戚がおらんと思うとったけど、
おったんじゃな」
と言いますと、両親は、
「山口県を出て、もう 何年になりゃあ。
50年もなるから、
あんまり、うちらぁのことを知っとる人はおらんわ~」
と母が言いました。
「おじいさんの親戚は、医者や学校の先生ばぁじゃ。(ばかりだ)
じゃけどな、もう、マスミのことは 誰も知りゃあせん」
「なんか、悲しいなぁ~」
津和野にも、その神社関係の親戚がいるはずなのですが、
まったく連絡も取ったことがないのです(親は取っていたかもしれませんが)
「まあ、ええが。
親戚はおらんでも、マスミにゃ友達もおる、子どももおる、太田さんもおる」
「じゃけどな、親戚のことも、知っときたいんよな~」
自分が、空中に浮いているような感じ、
地球のことに慣れてなくて
いつも産まれたての小鹿のように足をプルプルしている感じ、
こういった感じがわかってもらえる人が
いるかもしれないではないですか!!
私にとりまして、友達は、
自分からは連絡とらないし
たまーにしか会わない感じなのです(その「たまに」が最近、多出してますが♪嬉しい!)
夫も、子どもも、元気でいてくれればいい、という感じなのです。
何だか、親戚と出会いましたり、
山口県のお墓参りができましたり、しましたら、
自分の根なし草のようなところが改善されて、
地に足が着くのではないか、
という
期待感が、あるのです。
大阪気功
太田マスミ