重臣である本田正信のまさかの裏切りに愕然とする家康…。
もはや誰も信じられないという状況に陥り、部屋に引きこもり状態となります…。
総大将がこの有り様では軍議がまとまるはずもなく、内部分裂が起きる松平軍…。
引きこもり続ける家康に最初に声をかけたのが鳥居忠吉でした。
『主君という者はどんなことがあっても家臣を信じる他ございませぬ。
主君が信じねば家臣は誰もついては来ませぬ…。
裏切る疑いがある者はことごとく討ち取ればよろしいかと…。』
その鳥居忠吉の言葉に目を覚まされた家康は、ようやく皆の前に姿を現し、
『わしに付いてこいとは言わん!
主を選ぶのはお前たちじゃ!
好きにするがよい!
わしは!
お前たちを信じる…!
共をしたい者だけが参れ!』
こうして再開した本證寺との戦。
結果は松平軍が圧倒的に優勢となり、本證寺側についていたかつての敵である吉良義昭や松平昌久もあっけなく捕らえられました。
そしてついに元凶である本多正信も大久保忠世の放った銃弾により重傷を負わされました…。
一向一揆をようやく抑えた家康でしたが、信長の使いとしてやってきた叔父の水野信元から、この戦を完全終息させるために本證寺側と和睦せよという指示を出します。
水野信元はあくまでもそれは方便であるとしますが…。
寺にもその申し出が伝わりますが、
本多正信は、今回和睦したとしてもいつか寺は潰される、
謀反人である自分達もいつかは厳罰が下される、
と簡単には信じませんでした。
しかし、住職の空誓は、
『この子らにまた戦えなどと言えぬ…。
わしはこの子らを守りたかっただけなんじゃ…。』
仏の名を利用して私腹を肥やしてるだけのただの生臭坊主だと思っていた空誓ですが、御仏に仕える者としての心意気はしっかりとあったんですね…。
こうして迎えた本證寺との和睦交渉…。
空誓は、こんな紙切れでは信用できん、自分の目を見て寺は元通りにすると約束してほしい…と願い出ると家康は、
『寺は…元通りに…致す』
と宣言をし、三川一向一揆は終戦となりました。
そして家康は、夢の中での今川義元公のお言葉、そして鳥居忠吉の言葉を教訓に寛大になる決心をしたのか、
一時は本證寺側に寝返っていた夏目広次に対しては不問として許すことに…。
そして問題の本多正信については…、
家康は、一切弁明しに来ないことについて問い詰めると、
『私は…殿を殺そうとしたのですよ…。
その私までお許しになってはさすがにまずいでしょう…。
それに…過ちだの悔いておるなど、例え嘘でも申しませぬ…。』
『なぜじゃ?』
『過ちを犯したのは…殿だから。
殿は日々の暮らしのために生きる者の気持ちが分からんのでしょう?
仏にすがるのは…現世が苦しいからじゃ。』
その後の正信の言い分は、殿は民から米や税を奪い生かしてもらっている…殿自身はそういうことを一切しないにも関わらず民の生活を苦しめているだけだということ。
先週の義元公の、
『我らは民の税や米によって生かされてる。
民に見離された時に我らは死ぬ。』
という言葉と思い切り重なります…。
『悔いなければならぬのは殿の方』
という正信の言葉に対して家康は、
『とうに悔いておる…。
わしは…ずっと悔いておる…。
だが…この国を建て直さねばならぬ!
過ちを全て受け止め、わしは前に進む!』
そして厳罰を覚悟していた正信に対して家康が下した沙汰は、三河からの追放でした…。
そして最後に本多正信は、
『寺を元に戻すということは、元の更地に戻すこと』
という悪知恵を託すのでした…(^_^;)。
家康が本来『守るべきもの』は民と家臣たち…。
三河一向一揆において家康が主君として国の主として最も大事なことを気づかされるのでした…。
そして、この一向一揆終息間近から行方をくらましていたあの千代の姿はなんと甲斐にありました…。
武田信玄とも親しげに話す千代…彼女は武田が送り込んだスパイだったのでしょうか…?
次回は突然現れた謎の女子を巡って三河はパニックに?!
甲斐武田家や駿河今川家との繋がりは?!
徳川家康には生涯で20人である以上側室がいたという情報もありますが、果たして彼女はそのうちの誰なんでしょうか?