興福寺を説き伏せ、百姓たちを圧政から救いだした秀長でしたが、郡山の財政状況は日に日に悪化していました。




そこで秀長は、この郡山の商いを栄えさせて景気を良くすればいいと考えましたが、





この大和の国の商いは、郡山の隣町である奈良の商人たちの団体『座』が支配しており、彼らを従わせない限り郡山の商いを栄えさせることは困難でした。

かつて信長が清洲や岐阜で行った、商いを独占する団体である『座』を廃止した商いの自由化『楽市・楽座』をここ郡山で行おうとしていました。



そんな中、慶様から近頃奈良からやってきたという筆屋が城下で店を開いたという情報を聞き出した秀長。

奈良からやってきたということは、何か奈良の商人の情報を掴めるかもしれないと思い、早速その筆屋を訪ねにいくのでした。




一方こちらは大阪の秀吉。
関白となり、この国の最高権力者となった秀吉は、その権威を示すための新しい氏を考えていました…。




そして、郡山城下の噂の筆屋を訪ねた秀長…。



噂に違わぬ上質な筆を作るその職人…。
名は才蔵と言いました…。



彼がなぜ奈良を出たのか…。

奈良ではとにかく『質より量』を強要され、大量生産が優先されて、本当にいい筆を作らせてもらえなかったのだと言うのです。
しかも商いは奈良の『座』が独占しているため、奈良でしか売られていなければ、例え質が悪くても、消費者もそこで買うしかないというジレンマが発生していました。

彼は、古いシキタリにとらわれずに自分の納得する良質の筆を作りたくて、自由に商いが出来ると聞いた郡山に出向いてきたのです…。




才蔵の苦労話を聞いた秀長は、郡山での『楽市・楽座』のため、奈良の商人を何としてでも説得しようと決意したのでした…。




早速郡山に奈良の豪商たちを呼び寄せて説得を試みる秀長でしたが、そう簡単に聞き入れる連中ではありません。

長きにわたり、大和の国の商いを牛耳ってきた彼らが、いきなり『座』を廃止して郡山に移れなどと言われても、受け入れられるわけがありません。


この大和の国を動かしているのは、武家でも寺社でもなく自分たち商人であるとまて言い張るこの者たち…。
先週の寺社たちのように簡単には折れそうにもありません。



すると秀長は…

『ならば…
この郡山がどれだけ商いに向いておるか…。
その証を示せば良いか…?


ひと月で郡山を!
人が集まる栄えた町にしてみせよう!

そしてその目で…
奈良と郡山…どちらが商いに適した町か…見極めるがよい…。

もしひと月で何も変わらなければ…その時は…そなたたちに従おう!』

※何とも無謀な宣言
(  ̄□ ̄;;)!!



商人たちは当然『どうせそんなこと出来るはずない』と悟ったのか、

『その儀…お受けいたしましょう…。』

とすんなりその条件を飲むのでした…。




家臣一同、そんな無理難題を突きつけてしまった秀長を諌める中、秀長はひとつの奇策を思い付いていました…。



白羽の矢が立てられたのはあの筆職人・才蔵でした。

しかし、才蔵の筆の商いだけでは町に人は集めるのは至難の技。
当初才蔵は秀長の申し出を拒否していましたが、



『そなたらの商いが当たったと広まれば…
奈良から商人が集まり…良き筆が手に入るとなれば…京や大阪からも商人が足を運ぶに違いない…。



わしはこの筆の力を信じておる…!

そなたはどうじゃ?
己の筆がどれほどのものか…
試してみたくはないか?!』




才蔵はしばらく考え込んだ後…。

『やらせてくださりませ!
精一杯!
励みまする!』

こうして筆一本に全てをかけた秀長の大戦がスタートしました!






当初は、大和国内の学習塾や寺社、さらには京の公家などに売り込みを始めて、なかなか成果は得られませんでしたが…、





秀長が訪ねた千宗易から思わぬ伝手を得ることが出来ました!



なんとそれはあの狩野永徳‼️

室町時代中期に名を馳せた名画家である狩野探幽を初代とする狩野派の後継者。

彼を顧客に出来れば宣伝効果は絶大になり、郡山の商いの大きなアピールとなります!




しかし、そんな超一流の人だからこそ注文する内容のスケールも壮大。

毛に炭や絵の具を吸い取り、この屏風の端から端までかすれることなく一筆で線を引ける…
そういう筆ならばいくらでも買うと宣言しました。





凄腕の筆職人・才蔵を持ってしても今まで受注したことのない特注も特注の筆…。

しかし、
胸躍る才蔵はこのチャレンジを快く承るのでした。



その頃、大阪の秀吉はついに新しい氏を決めていました。



その氏こそが
『豊臣』でした。



その名には万民を豊かにするという意味が込められていました。
秀吉は天下人になるに当たり、この氏にそういった思いを託したのでした。






そして秀長は、これまでにない筆を作るために才蔵の要望により、数々の動物の毛を集めていました。






馬、栗鼠、狐、狸、猪など数多くの種類の毛が用意され、試作は繰り返されましたが、なかなかかすれずに書ききれる筆が出来ずにいました…。



そこへ慶様、末がやってきて陣中見舞いを用意してきてくれました。




そしてその時!
末が腰に下げていた毛のアクセサリーを手に取らせてもらった才蔵…。

それは天竺・現在のインドに生息する『ヤク』という牛のような獣の毛だったのですが…。




『これじゃ!
この毛を使えば出来ぬかもしれぬ!』



それを宝物にしていた末は断固拒否しますが、




国の行く末がかかったこの一大プロジェクトの前に、渋々承諾するしかありませんでした(^∀^;)。




このヤクの毛に鹿と山羊の毛を混ぜた試作品…!





その筆は見事に端から端まで一度もかすれずに真っ黒な線を書き切ってくれました!



大和の国の行く末をかけた一大プロジェクトが見事に成功したのです!






その秀長が書き味を試すために書いた一文字は『和』…。


『この大和の国は…。
大いなる『和』の国じゃ!

これからも…
皆で力を合わせて…
この大和の国を…
もっともっと!
豊かな国にしていこうぞ!』




そしてこの特注した筆で狩野永徳が描いたのが、あの有名な『唐獅子図屏風』です。



なんとこの屏風は秀吉に献上されていましたが、果たして秀吉は、この屏風を生んだ筆が秀長によって生み出されたことを知り得たんでしょうか…?




狩野永徳御用達の筆が手に入るとの評判を聞き付けた人々が次々と集まり、
あれだけ閑古鳥が鳴いていた郡山の町は、あっという間に人で埋め尽くされる繁華街へと生まれ変わりました!



そしてこの中には、あれだけ秀長に楯突いてた
奈良の商人たちの姿も(#゚Д゚)。

恐ろしいまでの掌返し…。

やはり儲かる商いのためなら意地もプライドも捨てるのが商人の性なのでしょうか?(ノ∀`)



寺社の理不尽な圧政から百姓を救い、
筆一本で郡山を商いの繁盛する街へと変えた秀長…。

真の大和国主としての地位をもはや確立したと言っても過言ではないかもしれません…。




そして次回は!

突然沸き起こる秀吉の後継者問題!


実子を産むために秀吉に茶々を娶るよう提案する秀長ですが、


当人たちは当然断固拒否!



しかし、その中で潜む茶々の意外な本音とは…?