元康が岡崎に入って間もなく、駿府の氏真から文が届きます。


その内容は、元康はそのまま岡崎に留まり、三河の織田勢をことごとく討ち払った後に駿府に帰参せよという内容でした。




心躍る元康ですが、その文には続きがあり、松平勢だけで三河を平定せよという内容も記されていました…。



三河で勘定方を務めていた鳥居忠吉がこっそりと蓄えていた銭や武器も揃い、織田勢への臨戦態勢は整ったと浮かれる家臣たちでしたが…。



元康たちがまず相手にしなくてはいけなかったのは、刈谷城の水野信元。
元康の母・於大の方の兄で、元康にとっては叔父に当たりますが、



彼が今川方だった松平家を裏切って織田方に転じたため、於大の方は松平家と離縁せざるを得なくなった過去がありました。




『麒麟がくる』では信長に心酔していた竹千代は今川方に付いて母を離縁させた父・広忠が許せないという設定でしたが、




今回の『どうする家康』では元康は今川義元に心酔しており、それとは逆に織田方について母を離縁に追い込んだ水野信元が元康は許せないという設定のようです。




こうして始まった松平軍の刈谷場攻め。
終始優勢に戦っているように見えた元康たちでしたが、背後から織田本軍の加勢が近づいており、挟み撃ちの危険を察知した松平軍は退却…。




多くの兵が命を落とす惨敗となりました…。





『狩りにおいて肝心な役目はなんと心得る?』

『獲物を追い込む役目と存じまする…。』

『しかと追い込め…。
兎を俺の目の前に…。』




そんな時、元康の前に突如として死んだはずの今川義元が現れます(  ̄□ ̄;;)!!




『皆が…太守様は、桶狭間にて織田信長に…。』

『おぬしまで騙されて何とする…!
この今川義元が…織田信長ごときに…討ち取られるわけがなかろう…。』

『私は…そうであろうと思っておりました!』




『やり直しじゃ…。
駿府へ…帰ろう…。』





義元と共に駿府に戻った元康は瀬名と竹千代とも再会…。
またあの時のような安息の日々が…。

と、思いきやこれは全て夢でした…。




元康たちの劣勢の状況は氏真にも伝わりましたが、氏真は、
『援軍は必ず送る、それまで堪えよ。』
という内容の文を送らせるだけで、すぐに援軍は送りませんでした。



それでいて、この駿府には元康の妻子や家来たちがいることを忘れるな、とも記させる非情さも見せました…。



朝ドラ『舞いあがれ!』で、悩み苦しむ舞ちゃんに何の救いの手も差し伸べずに見捨てた元カレの柏木同様の薄情さを見せる氏真(-_-#)。



しかし、柏木の場合と違い、氏真には仕方ない事情がありました。
この時、駿河今川家と同盟を結んでいた甲斐武田家の最大のライバルである越後の上杉謙信が関東出兵の動きを見せていたため、同盟を結ぶ今川家もそれに備えなければいけなかったため、氏真は三河に援軍を送る余裕がなかったのです。




劣勢に立たされる三河の元康のもとに、三河南部を支配する今川方の吉良義昭が加勢。



緻密に戦略を立て、再び尾張勢に戦を仕掛けますが、結果はまたしても惨敗…。
松平軍は全く歯が立ちません…。




三河勢の間では、このまま徹底抗戦を続けるか、織田方に寝返るかで真っ二つに割れ、醜い内輪揉めまで始まってしまいました…。



戦では勝ち目がないと分かっていても、駿府にいる妻子たちのことを思うと寝返ることなど出来ない…元康は激しいジレンマに襲われます…。



そこで酒井忠次が思い付いた策は、今川家と同盟関係にあった甲斐武田家に援軍を頼むことでした。
今川家と同盟を結ぶ武田家には、その今川家の家臣を助ける義務もあると考えてのことでしたが、



主君の頭を越えて直に大大名である武田信玄に頼みごとをするなど礼儀知らずもいいところ。
現代社会でもこの上ない無礼千万に当たります。



信玄自身が聞かなかったことにすると相手にしなかったのは至極当然でした…。



もはや打つ手なしという状況に追い込まれた元康でしたが、そんななか、なんと敵方の水野信元自らが元康を訪ねてきました!



『俺がお前を嫌ってるのはよく知ってる。』

『だがな…。俺はバカな甥っ子が可愛い…。
死なせたくねぇ…。』

『信長様に頭を下げろ…。
俺が上手く口を利いてやるから…。』

さらに信元は、同行していたというもうひとりの客人を呼び寄せ、ここから先は2人で話し合えと言います…。




元康の前に現れたひとりの女性…。

その人こそ元康の実母・於大の方様!

元康がまだ幼児の頃に離縁させられて生き別れになって以来の再会でした…。



親子の感動の再会…。
感傷に浸る2人でしたが、それも束の間でした…。



その後に母上から放たれた第1声は…、

『今川と手を切りなされ…。』

母上によれば、織田信長は松平家とは対等に同盟を結び、三河を元康に任せると言ってくれているとのこと。





元康は、駿府には自分の妻子がいることを伝え反論すると…、

『それが何だと言うのです?
主君足る者、家臣と国のためなら己の妻や子ごとき平気で打ち捨てなされ!』

かつてはお家騒動に巻き込まれての離縁を経験していた母上…それがあってこその戦国の世の非情さを理解した上での厳しいお言葉でしたが、この時の元康には到底理解できるものではありませんでした…。



『出ていかれよ…出ていけ!』




逆上して母上を追い返そうとしましたが、母上は去り際に、

『吉良義昭殿を攻め、所領を切り取られよ…。
それが信長様への返事となろう…。』





そんな時に届いた駿府の瀬名からの文が届き、元康はさらに追い打ちをかけられたかのようになってしまいます…。



そんななか、石川数正と酒井忠次に連れられて、城下へと連れ出された元康…。



忠次によれば、今年の百姓たちは今川勢による過剰な徴税から解放され、いきいきとしていると言うのです。

義元が倒れ、その権威が爆下がりし始めている今川のためにはもはや誰も戦わない…。
それだけ三河の民はこれまで今川の圧政に苦しめられてきたということです。

既に忠次は、元康が今川から離れて独立して三河の主になることを民・百姓に吹聴してしました…。



あとは元康の気持ち次第。

忠次は、三河のため岡崎のために元康に独立を決心するように必死に頼み込み、



挙げ句の果てには、聞き入れてもらえないのならば、お手打ちにしてくだされとまで刀を差し出します!




それには隣にいた数正も続きます!



『嫌じゃ!嫌じゃ!』
『わしは駿府に帰るんじゃ!!
『妻と子の元に帰るんじゃ😭😭😭‼️‼️‼️』





瀬名の文を握りしめながら、田んぼにうずくまり号泣する元康…(´;ω;`)。

幼い頃、故郷の三河から離れ、その間に三河の民は今川の圧政に苦しめられ、今川が倒れたことで平和にはなりましたが、
人質として送られた駿府で今川家の人間同然として育った元康には、その三河の民の気持ちが分かるまでは相当な時間を要したはずです。

これまでの大河ドラマでは桶狭間の戦いの後、元康はすぐに信長と同盟を結んだ流れになっていましたが、今回はそれに至るまでの、彼の辛い流れが非常に分かりやすく描かれていたと思います(´;ω;`)。




こうして、ついに三河の民の思いに応える苦渋の決断を果たした元康は吉良義昭を討伐…。



松平元康離反の知らせは間もなく駿府にも伝わります…。

『嘘じゃ…元康…。』






そして直ぐ様始まってしまった氏真による粛清…。

瀬名の数名の女中たちは斬られ、瀬名と竹千代も館から拉致されていきました…。



『よぉし!甥っ子!
清洲へ行こう!
俺たちの殿様に会いに!
お前が来るのを…首を長~くしてお待ちだ…。』



次回は、ついに因縁の信長と再会する元康!



そして瀬名に迫る氏真の魔の手…。





さらには柴田勝家、木下藤吉郎、そしてお市の方様と織田家お馴染みの顔ぶれが次々登場!

ついに元康が出口の見えない禁断の地へと足を踏み込みます!