嫌われる勇気 その先は②*罪悪感 |  思考を変えて、その先へ   ー H style ー

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↑先日書いたこちらの記事

嫌われる勇気が必要ならば、

”嫌う勇気”も必要になるなと思ったので、

もう少し書いていこうと思います。

 

 

・・・

 

 

人から嫌われたくないという思い(恐れ)

が、あると、無意識に人を嫌うことも、

いけないと感じてしまいます。

(自分に禁じる)

 

 

 

人を嫌うというのは、

簡単なようで難しいものです。

難しいというのは、

自分の嫌いだという思いを否定せずに

そのまま受け止めることがです。

罪悪感のようなものも湧いてきますからね。

 

 

罪悪感が強い人ほど、

相手を悪者にします。

嫌うのは相手が悪いから仕方ない

自分は悪くないと。

 

 

ただ、その分

相手がどんどん悪くなりますから

自分が嫌な思いをすることになるのですが…

 

 

では何故、

罪悪感が湧いてくるのか?

 

 

それは、本当に悪いことなのか?

こんな視点からセッションではみていきますよ。

こんな視点から今日の記事も書いています。

 

 

シンプルにどうして人を嫌ってはいけないの?

ということです。

その理由に自分がちゃんと答えられて、

その理由に本気で納得していれば、

罪悪感は湧いてこないはずです。

 

 

教育現場では、みんな仲良く!

友達100人できるかな♪とか

(私にはトラウマソングw)

仲良くばかりを教えられてきているので、

人を嫌うことはいけないと、

思いこんでしまった人もいるかなと思います。

 

 

多分、本気で悪いと思うことは

そもそもやろうともしないし、

罪悪感というのは、

あくまで罪悪を”感じている”だけなのです。

感じさせているといいますか。

自分が自分にですね。

 

 

自分がしているのですから、

自分が感じたことを"いけない"と

否定してしまう自分自身を

見直したほうが話も早そうですよね。

 

 

誰との関係よりも、

自分との関係を円満にすることが

現実も円満になっていきますから、

なによりも優先したいことですが、

わたしたちはその逆ばかりを

やってしまっている気がします。

 

 

なので、嫌うことにも「勇気」が

必要になってしまう。

自然と感じてしまうことなのにね。

不自然ですよね。

 

 

嫌うということについて

頭ごなしに”いけない”としないで、

どうしてそう感じたんだろう?と

自分に寄り添うことで、

みえてくるものがあります。

 

 

罪悪感があると

その機会を消してしまうのです。

 

 

人から嫌われることも

人を嫌うことも

そんなには問題ではない。

(ただ難しいお題ではある)

それをどう受け止めたのか

自分の現実になっていくのだよな~

と、結局はここへ着地してしまう。

 

 

 

最後に好きなココ・シャネルの言葉のひとつを。

 

 

 

私は確かな『嫌悪の精神』を持っている。  

私は何より嫌いなものを創らない。

 

 

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