側弯症と診断されたあとも、私は学校生活を送っていました。
授業中、同じ姿勢で座っていると痛みが出る。
背中が曲がっていることも気になる。
そして、側弯症をどうにかして治したいと思っていました。
最初に整形外科で診てもらったあと、定期的に通院することはありませんでした。
当時の私は、側弯症と診断されたあとも定期的に整形外科へ通って経過を見てもらう必要がある、ということを知りませんでした。
そのため、私は「治す方法」を自分なりに探すようになりました。
最初は兄が通っていたスポーツ整体へ
最初に行ったのは、兄が通っていたスポーツ整体です。
筋肉をほぐすタイプの整体だったと思います。
側弯症のことを相談すると、「こちらでは難しい」というようなことを言われました。
施術も私にはとても痛かったです。
結局、そこへは1回行っただけでした。
それでも当時の私は、
「側弯症をなんとかしたい」
「治せるものなら治したい」
と思っていました。
母が探してくれたカイロプラクティック
その後、母が別のところを探してくれました。
それがカイロプラクティックでした。
そこには、1か月に1回くらいのペースで通っていたと思います。
施術を受けると、痛みは一時的に楽になりました。
「今は少し楽かもしれない」
そう思えることが、当時の私にはありがたかったです。
側弯症そのものがどうなっていたのかは、当時の私にはわかりませんでした。
それでも、少しでも良くなればと思って通っていました。
学校では姿勢も気にしていた
学校生活では、痛みだけでなく見た目も気になっていました。
背中が曲がっていると思われたくなくて、なるべくまっすぐな姿勢を意識していました。
一方で、姿勢をどうしているかに関係なく、授業中に同じ姿勢で座っていること自体がつらかったです。
特別なことをしているわけではなく、普通に授業を受けているだけなのに、だんだん痛みが出てくる。
当時の私は、それを我慢しながら授業を受けていました。
15歳の私が探していたもの
今振り返ると、当時の私は側弯症について、まだわからないことがたくさんありました。
それでも、
**「少しでも良くなりたい」**
という気持ちは強かった。
整体もカイロプラクティックも、そんな気持ちから頼っていたのだと思います。
今の私が当時を振り返っても、あの頃の自分が何を選べば正解だったのかは、簡単にはわかりません。
ただ、15歳の私は、自分の体と痛みに向き合いながら、自分なりに方法を探していました。
そして、このあと側弯症の痛みは、私の進路にも影響するようになっていきます。
高校生活を送り、さらに年月が経って、アルバイト中の痛みに耐えられなくなった私は、もう一度医療機関を受診することになります。
そこで初めて、「手術」という選択肢を現実的に考えるようになりました。
次の記事では、側弯症の痛みが進路にまで影響するようになった頃のことを書きたいと思います。
※この記事は、私自身が15歳頃に経験したことを記録した体験談です。整体やカイロプラクティックについて、側弯症への効果を一般化・推奨するものではありません。現在の側弯症の診断や治療については、医療機関などの最新の情報をご確認ください。