江戸城の再建イメージ(NPO法人「江戸城天守を再建する会」提供)
江戸城の再建費用350億円 「木造」観光立国の夢 日経
東京五輪に合わせて、江戸城の天守閣を再建しよう――。こんな計画を市民団体が中心になって進めている。高層ビルに囲まれた皇居の森に天守閣がそびえ立つ。計画には賛否もあるし課題も多いが、この構想は日本人自身もあまり気付いていない「眠れる資源」が存在していることを教えてくれる。
■名古屋、熊本城再建は鉄筋コンクリート
構想を進めているのは、認定NPO法人「江戸城天守を再建する会」(東京・千代田)。元JTB専務の小竹直隆氏が理事長を務め、会長は江戸城を築いた武将、太田道灌の18代子孫にあたる太田資暁氏だ。
1657年の明暦の大火(振り袖火事)で炎上した天守閣を、現存する「建地割図」(城の断面図)を基に再現しようと活動している。台座を含めて高さ59メートルの5層構造。高さは姫路城(兵庫県姫路市)の2倍、体積では3倍で、木造建築として国内最大級となる。
再建に慎重な意見のなかには、皇居を見下ろすことへの懸念が多い。だが、皇居側の窓はもともと上向きにしか作られていなかったそうだ。気になるのは、やはりコスト。再建には長さ5メートルで35センチ角のヒノキが1000本必要となる。高級なヒノキを使えば、当然コンクリートより割高になるはず。伝統建築に詳しい広島大の三浦正幸教授に聞くと、意外な答えが返ってきた。
戦後、1960~70年代の城郭再建ラッシュでは、名古屋城や熊本城など30余りの天守閣をすべて鉄筋コンクリートで作った。高度成長期のさなかで文化財を復元するという意識は低く、もともと存在しなかった天守閣を“復元”したものもある。なにより戦火の記憶が生々しかったため、「燃えない」という理由を優先した。この「鉄筋コンクリート・バブル」は住居も同じ。国土交通省の推計によると、全国で現在1万戸にすぎない築50年超のマンションは、10年後に32万戸、20年後には129万戸に急増する。
■木材は値下がりで「復権」
その裏側で起きたのが木材の値下がりだ。国産材は需要減に輸入材の流入が加わり、ヒノキの素材価格は80年の1立方メートルあたり7万6400円のピークから2013年には1万9700円まで74%も下落した。鉄筋に使う異形棒鋼が足元1トン6万5千~7万円で80年とほぼ同水準なのと対照的だ。日本の山には、100年以上前に植えられて二酸化炭素(CO2)も吸わなくなったヒノキが眠ったままになっている。三浦教授によれば、天守閣の建築には高級ヒノキを使う必要もないため、もはや木造も鉄筋コンクリート造並みの費用だという。
「木材の復権」はじわりと進んでいる。50年を経てコンクリートが耐用年数を超え、天守閣も住宅も、建て替え需要がこれから本格化する。全国の官公庁庁舎などは木造での再建が増えているし、天守閣も名古屋城など全国で木造への切り替えが議論されている。
大手町のビル群を望む江戸城の天守台の上には外国人観光客の姿も
鉄筋造は火事でも燃え残るというが、内部の鉄筋が熱で損傷すれば建て替えが必要になる。問題は燃え崩れるかどうかではなく、火熱に耐える「耐火時間」だが、木造も決して劣っていない。耐震性も同様で、再建した江戸城はシミュレーションでは震度7まで耐える。耐用年数は1500年と、コンクリートの50~80年に比べて格段に長い。こうした日本古来の木造技術を受け継ぐ宮大工の存続・育成も、江戸城再建計画の狙いの一つだ。
日本都市計画学会が試算した江戸城天守閣の建設費用はざっと350億円。ちなみに東京スカイツリー建設では、PR費用を含めた総事業費が約650億円(周辺の商業施設部分を除く)だった。「再建する会」は個人や法人の寄付金を活用する考えだが、決して小さな金額ではない。では、再建が日本経済にもたらす効果はあるのだろうか。
今も皇居の北桔橋門近くに残る天守台。その付近を歩いてみると、意外なほど多くの外国人観光客が訪れていることに気づく。東京メトロ東西線の竹橋駅から徒歩5分。巨石を積み重ねた台の上部にはベンチが置かれているだけ。すぐ隣の大手町で働くサラリーマンでも足を延ばす人は少ないが、「江戸」を感じたい外国人には特別な魅力があるのかもしれない。
■「日本文化伝える首都のシンボル必要」
「外から日本を見た経験があるから、この計画は必要だと思ったんです」。天守台で待ち合わせた老舗洋菓子店のオーナーシェフ、細内進さん(74)は、再建する会に参加した理由をこう語った。記憶に鮮明に残っているのは、20代にスイスやフランスで修業した際の体験だ。日本の文化を伝えようと現地の人に見せた絵はがきは、法隆寺や清水寺と関西の史跡ばかり。相手が持つ日本のイメージはゲイシャやフジヤマのままだった。「首都である東京に日本文化を伝えるシンボルが必要だ」と痛感した。
パティシエの細内進さんは、天守台の残る江戸城天守閣の跡地に足しげく通う
東京タワーやスカイツリーはあっても、東京にはかつて世界が憧れた江戸時代の文化を伝えるランドマークがない。同じように史跡を失った海外の国には、「首都アイデンティティーの確立」を掲げてベルリン王宮を再建中のドイツや、ワルシャワの旧市街を再現して世界遺産に登録されたポーランドのような取り組みがある。
「工業立国、農業立国、貿易立国などとやかましく叫んで、多くの金を費やした」、「観光立国こそ、わが国がもっとも適しているものに、その基礎を置いている」。経営の神様、故松下幸之助氏が雑誌『文芸春秋』に論文「観光立国の弁」を載せたのは1954年のことだ。
それから60年。三菱UFJモルガン・スタンレー証券景気循環研究所の嶋中雄二所長の試算によれば、2013年度の観光関連産業は、名目GDPの3.5%を占める16.7兆円。輸送機械(16.5兆円)や電気・電子産業(14.9兆円)を上回る。今年4月の旅行収支は44年ぶりに黒字に転換。観光振興の重要度は年々高まっている。
10万人以上の犠牲者を出した明暦の大火の後、4代将軍家綱の補佐役として復興を指揮した会津藩主の保科正之は、「今は町家の復旧に力を入れるべきだ」と江戸城天守閣の再建を諦める英断を下した。それから約360年。成長戦略として観光立国を目指すなか、木造技術という日本文化の広告塔として江戸城天守閣の再建計画が必要かどうか。固定観念を捨てて考える時期が来ているのかもしれない。
(商品部 高見浩輔)
残念すぎる「私のしごと館」の衝撃度 “壮絶な無駄遣い”に京都府知事も絶句
2013.11.25 11:25 Sankei Biz
旧「しごと体験ゾーン」の宇宙ステーション。「私のしごと館」には見る者を圧倒する“無駄”があふれている。国からの無償譲渡で京都府はこの施設を有効に再生できるのだろうか(平成16年撮影)
実物大?の「宇宙ステーション」、一体数百万円の「ちょんまげ人形」、一度も使われたことのない「燻蒸(くんじょう)庫」…。581億円を投じたものの「無駄遣いの象徴」と批判を浴び、オープンからわずか7年で閉館した勤労体験施設「私のしごと館」(京都府精華町、木津川市)。国から無償譲渡を受ける見通しになったことを踏まえ、京都府は12月の定例府議会で活用策の最終案を提出する方針だ。地域に開かれた研究開発拠点などを目指し、ネーミングライツ(施設命名権)の導入も検討する。しかし、山田啓二府知事が「あれもいらん、これもいらん」と驚いたほど、痛々しいまでに無駄に広大で豪華な施設を再生できるかどうかは未知数だ。頓挫すれば府にとって新たな重荷になりかねない。
「金属欲しい人には売れるわな」
「私のしごと館」は、厚生労働省所管の独立行政法人雇用・能力開発機構が設置し平成15年にオープン。同機構や委託会社が運営していたが、22年に閉館し、その後同機構も廃止された。
こうした経緯をたどる施設だが、入場するやいなやまず目に飛び込んでくるのは、エントランスホールに近い旧「しごとシアター」だ。
吹き抜けの建物にある高さ10メートルはありそうな円筒形の華麗な劇場は、中高生ら若者が職業を学ぶために、果たしてどこまで役に立ったのか。
本物と同じ大きさとおぼしき宇宙ステーションや消防車、耕運機…。次々と現れるテーマパークさながらの豪華設備が、いまや痛々しい。
22年3月の閉館以降、施設が公開されることはなかったが、国から京都府に無償譲渡される見通しになったことを受け今年7月、山田知事が視察、報道関係者も同行した。
山田知事は「これはいらん」「あれもいらん」「この手すりは金属が欲しい人には売れるわな」と、同行した府の担当者に話しかけながら視察を続けたが、そうせずには間がもたないほど、無残な光景が広がっていた。
江戸時代の仕事などを等身大の人形で紹介するコーナーで、ちょんまげ姿の人形を見上げた山田知事は「この人形1体で数百万円か」と何度もつぶやいた。雇用保険料581億円を注ぎ込んで造られ施設は、それだけに止まらない。
たとえば、古文書の保存に活用できる燻蒸庫。重厚な金属製の扉をそなえた設備は、設置するだけでも相当値が張りそうな特殊な設備だが、開館中、一度も使われたことがなかったという。
いったい誰が、どういう目的で導入を決めたのか。山田知事も「使われたことがない」との説明にショックを隠さなかった。
仏像などの文化財保護に使えるという広々とした収蔵庫も2つある。
内部は桐の板で覆われ、山田知事が「博物館仕様になっている」と評価した立派な施設だが、ここも、文化財の保管では一度も使われたことがないらしい。なるほど、オープンから10年経過しても桐のいい香りがするはずだ。
「これでは誰も買わん」
「私のしごと館」は、8・3万平方メートルの敷地に立つ延べ床面積3・5万平方メートルの3階建て。
部屋や施設はまだまだたくさんあり、「しごと体験ゾーン」には、実験室的な設備を供えたブースがいくつもあった。3200キロまで運べるエレベーターも。山田知事は同館を研究拠点に転用する構想を描いており、「研究施設にぴったり」と喜んでみせたのだが…。開館中は、年10億円を超える赤字を垂れ流したという巨大施設、維持管理するだけでも大変そうだ。
自ら「貴賓室」と命名した豪華な会議室に、山田知事は「関西州都の国会に」と冗談を飛ばしたが、府の担当者に「これは使われたことがあるのか」と思わず確かめる場面も。「何度かあるようです」との回答に、少しほっとした様子も見せた。
約1時間の視察を終えた山田知事は「もっと荒れ果てた所だと想定していたが、意外ときれいだった」「会議室などのバックヤードはいますぐにでも使えそう」と評価し、「学研都市のお荷物施設をリーディング施設にしたい」と、今後の活用への意気込みを語った。
ただ、施設売却の入札が行われたにもかかわらず、応札者が出なかったことをを踏まえ、「これでは、だれも買おうと思わんよな」と本音もチラリ。
その表情には、無償譲渡を受ける以上、なんとか使い切らなければならないという、府トップの“当惑”さえ感じた。
HPに「資産損失カウンター」
維持管理だけでも大変な広大な施設を、それでも府が引き取る決断をしたのには理由がある。
「さまざまな仕事が、見て、触れて、体験でき、仕事や技能などの詳細な情報が入手できるわが国初の職業総合情報拠点。教育機関や関係団体などとともに連携しながら、若者を中心に、働くことの意義やものづくりのおもしろさ、技能の大切さなどへの理解を促進し、職業選択への支援に活用してまいりたい」
平成13年2月の定例府議会でそう答弁し、施設のオープンに期待していたのは、当時の荒巻禎一知事だ。府としても、学研都市活性化のために同館の建設を積極的に誘致してきた。
14年4月に就任した山田知事自身も、同館のオープンを目前に控えた平成15年2月の定例府議会では、「職業に関する情報を総合的に提供する私のしごと館が、学研都市に開館することは時宜を得たものとして大いに期待している」と答弁している。
かつては、もろ手を挙げて歓迎した背景があるだけに、後に残された巨大施設を幽霊施設のまま、いつまでも放置しておくことはできない、というのが府の立場だ。
府は、公式ホームページに「日々刻々と価値が失われる 旧『私のしごと館』」というページを開設し、旧「私のしごと館」資産損失カウンターまで作成。「このままでは、国民の大切な財産が有効活用されないまま、資産価値が年間数十億円失われていくことになります」と、国に早期の無償譲渡を働きかけてきた。
日の目を見る日が…
閉館から3年以上が経過した今年6月、国からの無償譲渡に必要な改正総合特区法が、国会のごたごたに巻き込まれ、一時は審議入りさえ危ぶまれたものの、何とか成立。ようやく、早ければ今年度内にも府へ無償譲渡が実現する見通しになった。
譲渡を見込み、府と京都大は健康づくりや農業などの研究拠点として再生する案を共同で発表した。今後、両者で協議し整備や運営にあたる方針で、再生に向けた動きが本格化し始めた。
府などの構想では、医療分野などでの新産業創出を目指す「関西イノベーション国際戦略総合特区」の目玉として再整備する方針。
健康づくりのほか、次世代エネルギー、先端技術を取り入れた高品質作物栽培技術、文化遺産の保存・継承などの分野で、産官学連携のワーキンググループを作り、研究を進める構想を描いている。
また、国内外にある文化財の修復や保存を進める「日本文化財保存修復国際センター」(仮称)の設立も視野に入れる。
文化財が多く、伝統の技を受け継ぐ職人も多い京都の地の利を生かし、世界を代表する文化財の修復拠点にしようという試みだ。
各国に散らばる日本の美術工芸品の中には、修復されずに放置されていたり、適切な修復が施されていない例もあることから、海外の美術館や博物館の学芸員らが修復技術を学べる場にもしたいとしている。
11月に示された最終案の素案では、実証実験への参加や、研究成果の発表などに地域住民がよりかかわる機会を増やすとしたほか、地域住民のヘルスケア、農業、文化資産の保存、継承などについては重点領域として位置づけ、国家レベルの研究プロジェクトが立ち上がるように支援を行うとしている。
果たして、完成以来、使われることもなかった例の燻蒸庫や、桐の板で覆われた立派な収蔵庫が日の目を見る日は来るのだろうか。プロジェクトが頓挫すれば、施設は再び重荷になりかねないだけに、譲渡後の府の一手に注目が集まる。
税金で、建てて、潰した、
私のしごと館は、580億円・・・
もっと、お安くしたら・・
賛成でーす!!


































