靖国神社の就遊館入り口の風景です。ゼロ戦52型が鎮座しています。
三菱と富士重工(中島飛行機)で、約20000機作られました。
ゼロ戦52型は一番性能がよく量産された機です。
真珠湾への攻撃時は、21型機が、向かいました。
特攻では、2300機が、出撃しています。
空母に搭載された、艦上爆撃機の彗星です、2人乗りです。
上に、実際に使用された、特攻ロケット機 桜花が、見えます。
爆撃機の下につるされ、敵の艦船に向け、発射されたとのことです。
館内1Fです。人間魚雷回天が、見えます。
イ号潜水艦のミニチュアです。艦上に回天を搭載しています。
巡洋艦のミニュチアです。空母もあります。
憂国の士
参拝者のみなさん
参拝者のみなさん
参拝者のみなさん
日本の戦車。大戦中、戦車兵だった、
司馬遼太郎氏が、棺桶と言っていた意味がわかります。
殉職された兵士達の写真・・・・若い人達ばかりです。
特攻隊の方達の、写真、遺書なども・・・
この大戦では、日本人だけで、200万人も、亡くなっています。
ほとんどが、若い兵士達です。
土地を約6000坪もっている、多摩の知り合いの地主さんには、
6年前に、大手チェーン居酒屋さん100坪×2件を作らせて頂きました。
ぜんぜんお元気な、90才になるその方は、毎年、靖国に行くそうです。
航空母艦、駆逐艦の乗組員として、
ソロモン海戦他、多くの有名海戦を経験、
そこで、多くの戦友達を亡くされたそうです。
とっても悲しく、つらかった・・とのこと・・
65年前のこの事実を、しっかり受け止め、子孫にも伝達し、
平和で明るい日本の未来づくりを、考えて行きたいと感じます。
上の写真は、今年の終戦記念日です。
靖国神社のお隣の就遊館の展示品を観られたた事のない方は
是非、一度行かれる事を、おすすめします。
子供づれ、アベック、女性もとても多いです。
最近、新築され、とても展示物が増えました。
銀座、浅草めぐりもいいけれど、
観光、修学旅行先に、どうでしょうか??
入り口に、新たに、ゼロ戦の実機が展示されています。楽しいよ!!
1942年8月7日の第1次ソロモン海戦から11月30日のルンガ沖の海戦まで9回行われた。特に8月23日から24日にかけての第2次ソロモン海戦は日米両軍で73隻、10月26日から27日にかけての南太平洋海戦では同じく72隻が戦ったと記録されている。
ソロモン海戦
1942(昭和17)年8月~11月
太平洋戦争中に行われたソロモン諸島をめぐる一連の日本海軍と連合軍の海戦
特にガダルカナル島とツラギ島の間の海峡には多数の両軍艦艇が沈んでおり、「鉄底海峡」(Iron bottom sound)と呼ばれている
沈没艦艇からの燃料流出が今も続いており(真珠湾で沈没した戦艦「アリゾナ」もこの問題を抱えている)、ソロモン諸島政府は日本・アメリカ両政府に燃料回収を要求している
1. 1942(昭和17)年8月8日~9日 第1次ソロモン海戦 連合軍ではサボ島沖海戦と呼称 (日本側では連合軍がエスペランス岬沖海戦と呼ぶ同年10月11日の戦いをサボ島沖海戦(夜戦)と呼ぶ)
第1次ソロモン海戦
2. 1942(昭和17)年8月8日~9日
3. 連合軍呼称、サボ島沖海戦
4. 日本側では連合軍がエスペランス岬沖海戦と呼ぶ同年10月11日の戦いをサボ島沖海戦(夜戦)と呼ぶ
5. 8月7日1430 三川軍一中将指揮の第8艦隊(旗艦・重巡「鳥海」 重巡5、軽巡2、駆逐艦1)がラバウルを出港
6. 8月8日 「加古」艦載機 搭乗員戦死3(士官1 下士官2)
7. 8月8日深夜から翌9日未明にかけて、ガダルカナル島対岸のサボ島沖に終結していた連合軍第62任務部隊(指揮官・ターナー少将 )をサボ島沖を反時計回りに航行しながら襲撃
8. 連合軍は重巡「ヴィンセンス」「アストリア」「クインシー」「キャンベラ(米駆逐艦により処分)」沈没、重巡「シカゴ」駆逐艦「ラルフ・タルボット(上部構造物粉砕)」「パターソン」損傷、戦死4千
9. 日本軍の損害は重巡「鳥海」が艦橋・海図室を射抜かれ小破(戦死34)、重巡「衣笠」戦死1
10. 8月10日には帰途にあった重巡「加古」がアメリカ潜水艦「S44」(艦長ジョン・レイモンド・ムーア少佐)の雷撃を受け沈没(戦死68(士官6 下士官兵62)、戦傷16)
11. 8月10日、米駆逐艦「ジャービス」はガダルカナル西方で日本軍機の爆撃を受け沈没(乗員247名、全員戦死)
12. ガダルカナル島へ揚陸作業中であった輸送船団を打ち漏らしたことで、山本五十六聯合艦隊司令長官はこの戦果を誉めなかったという
13. 1942(昭和17)年8月23日~25日 第2次ソロモン海戦 連合軍では東部ソロモン海戦と呼称
第2次ソロモン海戦
14. 1942(昭和17)年8月23日~25日
15. 連合軍では東部ソロモン海戦と呼称
16. 日本側の兵力はガダルカナル奪回支援のためソロモン北方に展開した第3艦隊(司令官・南雲忠一中将、空母「翔鶴」「瑞鶴」「龍驤」、戦艦「比叡」「霧島」、重巡「鈴谷」「熊野」「筑摩」「利根」、軽巡「長良」、駆逐艦「秋雲」「夕雲」「巻雲」「風雲」「時津風」「天津風」「初風」「秋風」「浦波」「敷波」「綾波」)、第2艦隊(近藤信竹中将)、増援部隊(田中瀬三少将)、支援隊など空母3、戦艦3、重巡9、軽巡3、駆逐艦31、水上機母艦2、哨戒艇4、輸送船
17. 迎え撃つアメリカ海軍第61任務部隊(F・J・フレッチャー中将)は旧第11任務部隊(フレッチャー中将直率、空母「サラトガ」、重巡2、駆逐艦5)、旧第16任務部隊(トーマス・C・キンケイド少将、空母「エンタープライズ」、戦艦1、重巡1、軽巡1、駆逐艦5)、旧第18任務部隊(フォレスト・P・シャーマン大佐、空母「ワスプ」、重巡2、駆逐艦6)
18. 1942(昭和17)年8月23日、田中少将の増援部隊を米軍偵察機が発見、攻撃隊を送るが発見できず
19. 同日、フレッチャーは「ワスプ」を補給のため南方へ退避させる
20. 8月24日、南雲中将は機動部隊から空母「龍驤」、重巡「利根」、駆逐艦2を第8戦隊司令官原忠一少将の指揮で分派、南方へ先行させた
21. この分遣隊が「エンタープライズ」艦載機に発見され、空襲を受ける
22. 「龍驤」は「サラトガ」艦載機(急降下爆撃機30、雷撃機8)の攻撃され、爆弾4、魚雷1を受け沈没
23. 米軍機に被害はなかった
24. 南雲機動部隊も米空母を発見し、「翔鶴」「瑞鶴」から第1次攻撃隊(零戦10、99艦爆27)、第2次攻撃隊(零戦9、99艦爆27)を発進
25. 第1次攻撃隊は「エンタープライズ」に爆弾3を命中させて小破(エレベータ破損、戦死74)させたが、零戦3、99艦爆17を失い、第2次攻撃隊は会敵できずに帰投
26. 同日、増援部隊の水上機母艦「千歳」が偵察中の急降下爆撃機の攻撃を受け炎上・中破
27. 8月25日、ヘンダーソン飛行場から発進した爆撃機からの攻撃で軽巡「神通」中破、駆逐艦「睦月」と輸送船「金龍丸」が沈没
28. この海戦での日本軍戦死者は170
29. 日本軍のガダルカナル増援は失敗
30. 1942(昭和17)年11月12日~15日 第3次ソロモン海戦 連合軍ではガダルカナル海戦と呼称 第
3次ソロモン海戦
31. 1942(昭和17)年11月12日~15日
32. 連合軍ではガダルカナル海戦と呼称
33. 1942(昭和17)年10月13日深夜から翌14日、第3戦隊(戦艦「金剛」「比叡」)を主力とする第2次挺身攻撃隊(指揮官栗田健男中将、戦艦2、軽巡1、駆逐艦9 ちなみに、第1次挺身攻撃隊は失敗)のガダルカナル島・ヘンダーソン飛行場に対する砲撃の成功をうけて、再度のガタルカナル島砲撃のために挺身攻撃隊(阿部弘毅中将 第11戦隊・戦艦「比叡」「霧島」 第10戦隊・軽巡「長良」、第16駆逐隊「雪風」「天津風」 第2水雷戦隊・駆逐艦「朝雲」、第2駆逐隊「村雨」「五月雨」「夕立」「春雨」、第27駆逐隊「時雨」「白露」「夕暮」)を派遣
34. これをダニエル・J・キャラハン少将率いるアメリカ海軍巡洋艦部隊(重巡「サンフランシスコ」「ポートランド」、軽巡「ヘレナ」「アトランタ」「ジュノー」、駆逐艦「バートン」「オバノン」「モンセン」「カッシン」「ステレット」「フレッチャー」「ラッフェイ」「ステレット」)が迎撃
35. 11月12日深夜から翌13日未明にかけて戦闘が行われ、三式弾と魚雷を受けた「アトランタ」が炎上・沈没(座乗のノーマン・スコット少将戦死)、「ポートランド」の魚雷を受け大破、「サンフランシスコ」は「霧島」の砲撃を受けて艦橋を大破(キャラハン少将戦死)、重巡からの砲撃を受けた「暁」「夕立」は沈没、アメリカ側の駆逐艦も「バートン」「モンセン」「カッシン」「ラッフェイ」沈没、「オバノン」「ステレット」損傷、「比叡」は小口径砲の命中弾多数による上部構造物の破壊と舵機故障、さらに翌朝の空母「エンタープライズ」艦載機による空襲で行動不能となり自沈処分された
36. 「ジュノー」は射撃指揮装置を破損して戦闘不能となり戦場を離脱し、13日、潜水艦「伊26」からの雷撃を受け沈没
2010年にブログにだした記事の、再掲です。
今年も終戦記念日が、やってきます。
一度も行った事がないひとは、行ってほしいネーー












