発覚した国の「ごまかし」~生かされぬ教訓~?? | 東京リーシングと土地活用戦記

東京リーシングと土地活用戦記

ニーチェ・ツァラトゥストラの言葉「神は死んだ、神なんかもう信じるな」「強い風が吹く所に一人で立て!そこは非常に厳しいけれど、人間自分自身が主人公だ!風を受けて孤独になれ!」「真理などない。あるのは解釈だけ」いいねー。スバム読者申請コメント削除します。

$東京リーシングと土地活用戦記

ギリシャのやり直し総選挙後、首都アテネ中心部の広場で支持政党の勝利に歓声を上げる人々=2012年06月17日【時事通信社】


今、ここにある「バブル」~生かされぬ教訓~

発覚した国の「ごまかし」


 「失われた20年」に苦しむ日本、リーマン・ショックを引きずる米国、そして欧州の債務危機。いずれも世界の重荷となっている近年の経済的な出来事だ。その要因の探っていくと、今も昔も変わらない、貪欲を背景とした営みが見え隠れする。いわゆるバブルの形成と崩壊だ。見せかけの価値に踊らされて投機に走り、最後には大損する懲りない面々は、何百年も前からいた。しかし、経験と教訓は生かされているとは言い難い。バブルに踊るのは人間の性(さが)にさえ見えてくる。(時事通信社・舟橋良治)

 2012年6月、世界経済の行方を左右しかねない選挙がギリシャで行われた。国家財政が事実上破綻したギリシャは、大規模な歳出カットと引き換えに欧州各国から支援を受ける計画だった。しかし、年金を減らされた老人が抗議のピストル自殺したのをきっかけに、ギリシャ国民の不満が噴出。やり直し総選挙でその是非を問うことになったのだ。


 総選挙の結果によっては、ギリシャ国債が暴落して金融市場が大混乱に陥り、ギリシャのユーロ離脱といった事態もあり得ただけに、世界の金融関係者が固唾をのんで見守った。最終的に財政緊縮派が辛くも勝利し、最悪のシナリオは回避したが、ギリシャの経済危機はギリシャ政府が長年続けてきた「ごまかし」に起因している。

 時計の針を少し戻してみたい。2009年10月のギリシャ総選挙で全ギリシャ社会主義運動(PASOK)が勝利し、パパンドレウ政権が誕生すると、にわかには信じがたい事実が判明した。

 財政赤字の国内総生産(GDP)に対する比率に関して、08年の実績は公表されていた5・0%ではなく、7・7%だったのだ。さらに、09年の見通しについても3・7%から12・5%へと大幅に膨らむことが分かった。ギリシャ財政が公表されていたよりもはるかに悪いことを意味し、政府自らが「うそ」をついていた可能性も指摘
された。

裏口入学の結末

 国の財政状況は経済指標の基本中の基本で、その数字にうそや誤りがあっては、国債の市場売買といった金融取引など、安心してできるはずがない。

 統計の誤りは、欧州連合(EU)が統一通貨ユーロを導入した2002年時点からあった。ユーロ採用国は、政府の財政赤字をGDP比で3%以内に収める決まりがあり、ギリシャもこの基準を見かけ上は守っていた。しかし、実際には3%を超えていたことが2004年に判明。ユーロ圏参加は「裏口入学」だったと陰口をたたかれた。

 時の政権が意図的に数値を改ざんしていたのか、それとも統計の質に問題があったのか。判然とはしないが、いずれにしても、ユーロを導入した当初から、ギリシャ国債は本来の価値よりも高く評価されていた。いわばバブルだったわけで、パパンドレウ首相の就任をきっかけにバブルが弾けたとも言えた。

 ギリシャの経済は、EU全体の3%程度しかなく、大きな規模ではない。しかし、財政の実態に対する不信は、アイルランドやイタリア、ポルトガル、スペインなどに飛び火。疑心暗鬼の広がりとともに、そうした国々の国債が売られ、欧州全体を巻き込んだ債務危機に拡大する。イタリアではベルルスコーニ首相が2011年11月、財政安定化法案の成立を条件に退陣した。スペインでは国債が売られ、銀行の経営悪化が顕著になっていく。

 スペインの経済危機はギリシャとは異なり、不動産価格の下落を主因とした典型的なバブル崩壊が引き金になっており、この不動産バブルは皮肉にもユーロ導入によって形成された面が否めない。

古典的なバブル

スペインの景気低迷を受けて売り出しの看板が掲げられている新築の住宅。オルドネス・スペイン中央銀行総裁は、下半期の経済は落ち込むかゼロに近い成長にとどまるだろうと述べている(アランフェス)=2008年10月07日【AFP=時事】

 1970年代、「欧州の田舎」と評され、賃金水準も低かったスペイン。1986年に欧州連合(EU)に加盟すると、EUの補助金を活用して経済発展の基盤を整備し、2002年のユーロ採用を機に不動産投資が爆発的に拡大していった。

 スペインは、ドイツや英国、北欧諸国などに比べて低い生活費や不動産価格、さらには温暖な土地柄などがあいまって、保養地や別荘地、定年後の居住地として注目を集めた。そして、ユーロ採用翌年の2003年には不動産価格が20%も急騰し、2008年まで年平均7%程度上昇。この結果、2000年から2008年までに不動産価格は約2・5倍に上昇した。

 これを可能にしたのがユーロ採用による、低金利の不動産融資。スペインは発展途上の常でインフレ率が高かったが、強い経済力を誇るドイツを中核にしたユーロの採用により、比較的に低い金利でお金を借りることができるようになった。


今、ここにある「バブル」

 不動産投資の最盛期、住宅着工件数は英独仏の合計をもしのいだ。建設需要が急増して経済成長をけん引。建設労働者を中心とした外国人の流入により、1995年に3900万人だった人口は2012年に5600万人にまで膨張したほどだ。スペインは一回の返済額が少なくて済む40年以上のローンを組んで不動産を購入するのも珍しくはなく、庶民を巻き込んで不動産バブルを拡大させていった。

 転機が訪れたのは2008年。米国を震源とする、いわゆるリーマン・ショックはスペインにも襲いかかり、銀行の資金繰りが急激に悪化していく。

 スペインの経済規模はギリシャよりはるかに大きく、破綻した場合のインパクトは計り知れない。「いつかは不動産価格が上がる」との楽観論から危機が先送りされてきたが、2012年になると限界を露呈。EUは12年6月の首脳会議で、問題銀行に対して直接資本注入できる制度の創設に向けた検討に入ることで合意したが、欧州の債務危機が解消するには、長い年月を要することは誰もが認めるところだ

チューリップ球根で家一軒

 バブル経済は近年、さまざま国・地域で発生しているが、歴史上、最初に記録されたの国はどこか。

 それはオランダ。投機の対象となったのは16世紀にオスマン帝国(トルコ)から欧州に伝えられたチューリップだった。17世紀初頭になるとオランダの裕福な植物愛好家の間でチューリップ人気が高まり、品薄状態も手伝って高値で取引されるようになる。

 その後、一獲千金を狙った投機家が市場に参入。球根一つが家一軒と交換されたケースもあった。短期間で多額の富を得られるといった話が流布すると庶民も取引を始め、投機は過熱の一途をたどった。

 しかし、1637年2月3日を迎えると、突然、買い手が全くいなくなり、価格が暴落。暴落という生易しいものではなく、取引自体が全く成立しなくなり、価格は100分の1以下
になってしまった。何千人もの人が莫大な債務を抱え、オランダの各都市は混乱を極めたとされる。

 これが後にチューリップ・バブルと呼ばれるようになる。

 では、最初にバブルの名称が使われた国は?。それは英国。「南海泡沫事件(なんかいほうまつじけん)」で泡沫(バブル)という言葉が使われた。

 この事件は、有力政治家が1711年に設立した「南海会社」を舞台に起きた。南海会社は、消化が難しくなっていた英国国債を引き受けさせ、奴隷貿易でその資金を補う計画だったが、奴隷貿易が振るわず、経営難に陥った。そんな状況を踏まえて、巨額の公債引き受けと、その見返りに公債と時価で交換できる株式の発行許可を英国政府が与えた。

 この許可は「南海計画」と呼ばれた。少し分かりにくいが、南海会社の株価が上昇すれば、上昇した分だけ新たに公債と時価で交換できる株式を発行できる仕組みで、計画がうまく回れば、無限に株価は上昇して南海会社も株主ももうかるという触れ込みだった。このおいしい話に踊らされて株価は約半年で10倍に急騰。貴族やブルジョア、庶民も巻き込んだ空前の株式投機ブームが起きた。

 しかし、株価が永久に上がり続けるはずはなく、1年と経たない間に株価が暴落。この株価の急騰と暴落が泡沫(バブル)経済の語源となった。

 オランダ、そして英国で起きたバブルは、その後も規模の大小はあれ、世界各地で起きている。そんな中でも、我々に影響が大きいのは、やはり日本の株式市場や不動産市場を舞台にした1980年代のバブル経済だろう。

今も続く日本の苦悩


 歴史の一ページになりつつある日本のバブル経済を、少しおさらいをしてみよう。

 話は1985年に始まる。日米英仏独の5カ国の蔵相と中央銀行総裁が米ニューヨークのプラザ・ホテルで極秘会談し、当時問題化していた日本の巨額貿易黒字の削減策を協議し、為替介入を通じて円高誘導することで合意した。この合意を受けて急激な円高が進行。日本に円高不況の嵐が吹き荒れ、日銀は低金利政策を長期に渡って実施することを余儀なくされた。

 その結果として、低金利の資金が巷(ちまた)にあふれ、株式や不動産投資に流れた。政府が売り出したNTT株は庶民を巻き込んで人気を集め、公募株を抽選で手に入れた人が短期間で手放し、売却益で車を買ったといった話がそこかしこで聞かれた。空前の株式投資ブームが起き、株価は1989年12月のピーク時には3万8915円をつけている。2008年のリーマン・ショック後は、株価が1万円を回復すると市場には上昇感が漂うが、ピーク時と比べれば、約4分の1の水準でしかない。

 また不動産価格は、東京23区の地価を合計すると、その金額で米国の土地をすべて購入できると言われるほどに高騰。事業収益ではなく保有する土地資産の合計で企業価値が計算され、その価格に株式時価総額が達するまで株価が上がるなどという、おかしな理論まで登場した。

 こうした投資資金は、大手都市銀行を中心とした金融機関が用立てていた。このため、株価や土地価格が暴落すると、金融機関は多額の不良債権を抱えて、経営が行き詰まり、新規融資さえままならない状況に追い込まれた。貸した金を無理やり返済させる「貸しはがし」まで起きたのは誰もが知るところ。日本経済の足かせとなってきた。

 銀行経営の実情を示しているのが、納税状況だ。

 バブル崩壊後の1995年から大手都市銀行は不良債権の処理を実施し、繰越欠損金を抱え込んだ。この欠損金は毎年の利益により解消する必要があるが、残高がゼロになるまで、法人税の納税を免除されている。

 三菱東京UFJ銀行は2011年3月期に法人税の納付を再開。三井住友銀行とりそなホールディングス、みずほフィナンシャルグループの傘下銀行は13年3月期までには再開する見通しだが、多くの大銀行は十数年に渡って法人税を納めていない。

 5大銀行グループの連結純利益は2012年3月期決算で合計2兆4000億円にまで回復した。庶民の資金を集めて融資・運用して大規模な利益を上げながら、納税を通じた社会への貢献を逃れたきた。また、バブルによって生じた不良債権は、預金者や納税者、さらには融資先企業の負担によって解消されたという事実も忘れてはいけない。

隠ぺいされていた米国のバブル


 日本のバブル崩壊から約10年後の2008年。米国でサブプライムローンの焦げ付きがきっかけとなって、老舗証券会社リーマン・ブラザーズが経営破綻。金融危機は世界的な規模で拡大した。

 サブプライムローン、そしてリーマン・ショックとは何だったのか。

 サブプライムローンは、米国の低所得者向け高金利型(サブプライム)の住宅ローンで、従来は住宅ローンを組むことが難しかった移民らが融資の対象となった。優良な貸出先であるプライムローンより劣る融資で、焦げ付きリスクが高い分、貸出金利も高くなる。米国の金融機関は、住宅価格が上昇していたことを背景に、ローン返済が滞っても、購入した住宅を売却すれば完済できると顧客を勧誘し、競い合うようにローン残高を拡大していった。


 このサブプライムローンはリスクが高く、一般の投資家が扱うのは難しい代物だったが、信用度が高い公社債などと一まとめにした上で小口化した債務担保証券(CDO)として売り出された。CDOは公社債が中心で信用度が高いとされ、サブプライムローンが組み込まれているため、利回りも比較的高い。米国だけでなく欧州や日本でも流通していった。

 しかし、不動産価格の下落が始まると焦げ付きが頻発。サブプライムローンを組み込んでいた金融商品の値段も下落した。典型的なバブルだったとも言えるサブプライムローンは、最新の金融技術によってリスクが隠ぺいされ、世界中にばらまかれたというのが実態だった。

 土地価格の値上がりを信じて疑わず、バブルを拡大した日本の金融機関と全く同じ構図だ。日本の教訓は生かされていなかったのは、はやり人の性(さが)が成せる業なのだろう。

日本国債は大丈夫?
名古屋港の自動車積み出しふ頭で貨物船に船積みされる乗用車(愛知)=2009年12月01日【時事通信社】
 最後に、欧州債務危機の深まりとともに、安全な投資先として人気を集めている日本国債。さらには対ユーロでも対ドルでもでも歴史的な高値を記録している円相場はどうだろう。バブルの側面はないのかどうか。

 日本の政府債務残高は名目GDP(国内総生産)比で200%を超えており、主要先進国の中で最悪。財政が破綻したギリシャよりもはるかに高い。それでも、日本国債の人気は高く、長期金利は2012年7月時点でも1%を割り込み歴史的な低金利だ。

 日本は、付加価値税が軒並み20%以上となっている欧州各国と異なり、消費税率が低いため増税余力があることに加え、経常収支の大きな黒字も「日本人気」の要因の一つとなっているとされる。

 日本の国家財政は火の車で、支出の約半分を借金でまかなっているが、日本国民が働き、外国から稼いだ資金の総額である経常収支は、大きな黒字を計上している。この黒字資金は金融機関に預けられ、安全な運用先として国債購入の原資となり、国債人気を支えている。2011年年度の経常黒字は前年度比52・6%減の7兆8934億円にとどまり、過去最大の減少率となったが、まだまだ、懸念をするようなレベルではないためか、材料視されず、国債の人気に揺るぎはない。しかし、経常収支が赤字に転落するような事態になれば、話が異なってくる。


2011年最後の取引となる東京株式市場の日経平均株価は8455円35銭で終了。年末終値としては1982年以来29年ぶりの低水準。東日本大震災と欧州債務危機の影響で9年ぶりにバブル崩壊後の最安値を更新した。バブル景気に沸き、史上最高値となった89年末の終値(3万8915円87銭)に比べると78%もの大幅安となった(東京都中央区)=2011年12月30日【時事通信社】
 その経常収支の先行きはどうか。東日本大震災の復旧・復興が進んで輸出が回復し、経常収支が改善するため赤字に転落するような事態はない、との見方がある。その一方で、産業空洞化で輸出が減れば経常収支が赤字に転落する可能性は否定できない。

 また、団塊世代が年金生活に入って本格的に蓄えを取り崩すようになれば、国全体の貯蓄率は下がり、金融機関が国債を購入する資金が細る事態も予想される。

 日本経済を背景とした国債に対する信用。国債人気と連動した形の円買いがバブルではないことを祈るしかないが、先を正確に見通すのは神のみぞ知る業(わざ)だ。

「行き過ぎもまた相場」
江戸時代から昭和の初めまで米の取引が行われた「堂島米市場」跡地に立つ記念碑(大阪市)=2012年07月16日【時事通信社】
 こんな時には歴史をひもとくのも一つの知恵だろう。

 日本は江戸時代の享保15年(1730年)に米市場である堂島米会所を開設し、現物取引に加えて世界で初めて先物取引を行った国だ。その歴史の中で様々な経験とノウハウを蓄え、予測が難しい相場との付き合い方に関して様々な格言を残している。

 その一つに「行き過ぎもまた相場」がある。相場には勢いがあって実態よりも高くなったり、安くなったりし、ある銘柄の人気が過剰気味で価格が高くなりすぎれば、その後の反動も大きいことを教えている。小規模なバブルの形成と崩壊と言い換えてもよい。こうした「勢い」を見極める必要に関して何百年も前の相場師は気づいていたのだ。

 このほかにも、「天井三日底百日」「もうはまだなり、まだはもうなり」「相場は相場に聞け」「見切り千両」など、興味深い教えには事欠かない。バブルの辛酸を知り、戒めを残してくれた先人に恥じぬようにしたい。時事


映画監督の小栗康平氏は、自民党が打ち出した新方針について7月16日の東京新聞コラムで、次のように論評している;


 テレビのニュースで「キョウジンカケイカク」と聞いて、えっと思った。意味が受け取れなかったのだ。画面を見ると、文字がスーパーされていたから「強靭(きょうじん)化」であることは分かった。しかしいったいどこから出てきた言葉なのか。私は目も耳も疑った。生活言語としては使うこともない言葉だ。

 大学の先生の発案らしいが、自民党が推進しようとしているこの「国土強靭化計画」は、第一義には大震災に負けない国土をつくる、である。それはそうだろうけれど、固く、強くすればいいというのでは、なんとも想像力に欠ける。「強靭な国土構造」をつくるために、百兆円単位の財政出動をして、デフレ体質も脱却し「強靭な日本経済」をつくり上げる。これでは土建国家に戻るだけのことだ。

 私たちは3・11の経験から、むしろ「強靭」などという語感とは異なる価値観を見いだし始めているのではなかったか。字面を見ているだけでもう勘弁してくださいと言いたくなる。

 民主党政権がうたった「コンクリートから人へ」は今や「人のためにこそコンクリートを」などと言い直されている。いや椰輸(やゆ)されているのだ。八ッ場(やんば)ダムの中止でさっそうとデビューした元国土交通大臣の前原さんに聞きたい。恥ずかしくないですか。政治は、私たちの心に起きている変化をくみ取ることをしない。   (映画監督)


2012年7月16日 東京新聞朝刊 15ページ「言いたい放談-強靭化とは何ぞや」から



あーーーバブル時代・・

民主党の次は・・自民党の強靭化計画か??