要領得ない「なまず内閣」
2011.10.10 07:42 産経ニュース
京都にある臨済宗妙心寺派の大本山、妙心寺。寺院の敷地内にある塔頭(たっちゅう)「退蔵院」には国宝「瓢鮎図(ひょうねんず)」が所蔵されている。ひげだらけの男がぬるぬるとしたなまずを瓢箪(ひょうたん)で捕まえようとしている水墨画。このユーモラスな画は山水画の始祖といわれる如拙(じょせつ)が、室町幕府の第4代将軍、足利義持の命により描いたものだという。
「こんなに口が細い瓢箪でなまずを捕まえるなんて、できると思います? 男の人の目も本気でなまずを捕まえようとしていない感じがしませんか」。案内してくれた女性の話を聞きながら何か方法はないかと思いをめぐらすが、答えは浮かんでこない。
義持は31人の高僧に詩の形で回答を書かせているが、「瓢箪に油をぬっておくのがよい」「なまずが竹に跳び上がるのを待て」などと、それこそ明確な答えは出ていない。それもそのはず、そもそも正解はないのだという。偽らない心を自分でつかまえてみよう、しかし実際はつかまえられない-。女性によれば、この禅問答の底流にはそんな意味が込められているらしい。
さて、この画はことわざ「ひょうたんなまず」の語源となったといわれる。要領を得ない、とらえどころのないといった意味だが、何やらいまの日本の政治状況を示しているような気がしてならない。
なまずならぬ「どじょう内閣」を率いる野田佳彦首相のことである。泥臭さを売りにし、当初は安定感があるとまずまずの評価を得た野田首相だが、政権が発足して1カ月がたち少々雲行きが怪しくなってきた。その象徴的な例が公務員宿舎朝霞住宅(埼玉県朝霞市)の建設をめぐる迷走だろう。
財務相時代に建設再開の判断を下し最近までその方針を「変更するつもりはない」と言っていたにもかかわらず、あっけなく建設凍結に転じた。党内の反発や世論に配慮した結果だろうが、今回の迷走を機に野田首相に「信念のない人」「ぶれる人」という印象を持った人も少なくないのではないか。野田首相もまた、偽らない自分の心をつかまえることができていないのだろう。
膨らむ国の債務、行き過ぎた円高、遅々として進まない震災復興、そしてリーマン・ショックの再来になりかねない欧州危機…。日本を取り巻く状況は確実に厳しさを増しているのだ。同じ泥臭さでも、要領を得ない「なまず内閣」では困るのである。(ウェブ編集長 吉田憲司)
瓢鮎図(国宝)
退蔵院の目玉で国宝に指定されている『瓢鮎図』。この絵は山水画の始祖といわれている如拙*1)が、足利義持の命により心血注いで描き、現存する彼の作品 の中で最高傑作といわれています。
「ただでさえ捕まえにくいなまずを、こともあろうに瓢箪で捕まえようとする。」この矛盾をどう解決するか、将軍義持は当時の京都五山の禅僧31人に参詩を 書かせました。高僧連が頭をひねって回答を連ねた様子は正に壮観です。そのいくつかを紹介しましょう。
『瓢箪で鮎を押さえつけるとは、なかなかうまいやり方だ。もっとうまくやろうなら、瓢箪に油をぬっておくがよい』(周宗)
『瓢箪でおさえた鮎でもって、吸い物を作ろう。ご飯がなけりゃ、砂でもすくって炊こうではないか。』(梵芳)
この瓢鮎図は、退蔵院に伝えられる宝物のうちで一番重要な物で、室町時代の漢画の代表的名品として知られています。さて、本図は題詞にも記されているよう に、円滑の瓢箪をもって無鱗多涎の鮎魚を押さえ捕らえうるかどうかという禅特有の意味深長な公案を画因とする禅機画です。ここに「鮎」とあるのは「なま ず」のことで、普通「なまず」は「鯰」という字を書きますが、この鯰は国字(日本の文字)のため、中国由来の「鮎」と表記されています。
このような画因による本図では、俗塵を絶した閑寂な野辺の一角、芦の生える川の畔に、蓬髪有髭の一田夫が両手で一瓢を押さえて立ち、水中に泳ぐ魚を捕らえ んとする光景が画面中央に見られます。なおその岸辺には数株の竹があり、背景遠くには山陰を浮かび上がらせていますが、全体としての図様は極めて簡素で す。しかし描写は以外に精密で、その筆致は細かいけれど、つよい弾力をもち宋元画の技法をよく消化しています。そしてこの作家独特の作風を生み出し、なか なか格調の高い作品をつくっています。その作風上の特色は、とくに酒税と瓢逸を示す超俗的な人物の面貌容姿の表現やその人物をつつむ近景の動的な描写など がうかがわれますが、美術史的に興味を引く一つの重要な点は、それが禅機画*2)でありながら、全体としての構図が山水画的な特色を備え、室町時代の漢画 である山水画の早き例とも見られることです。このような本図の筆者如拙は、詳しい経歴は明らかではありませんが、京都相国寺に住した禅僧で、室町初等に画 技をもって名をなした人物だと言われています。本図は、彼の遺作としてもっとも信ずべき確証をもちその歴史的価値は極めて大きいものでしょう。
立川の市長選の投票率が35%だった・・・
きっと・・政府、議員、政治、行政に、
あきらめてしまっている人達が多いんではないだろーか・・
嘘ばっかりの政治家達・・民主党は、特ににそうだ・・
どじょうから、なまずに昇格か???
瓢箪で、なまずが取れる訳が無い・・
所詮・・政治なんて・・そんな程度なのかもね・・
不思議な絵 ―如拙筆「瓢鮎図」―
(ふしぎなえ ―じょせつひつ「ひょうねんず」―)
まずは絵の写真をみてみましょう。
瓢鮎図
如拙筆
紙本墨画淡彩
111.5 x 75.8 室町時代(15世紀)
<国宝(京都 退蔵院)>
場面は小さな川が流れ込む沼のようなところ。水辺には草や竹なども描かれています。後ろには高い山があらわされていますが、まわりの景色は霧(きり)や靄(もや)にかすんでしまっていて、よくみえません。たぶん、湿度が高いのでしょう。絵の中ほどには、みすぼらしい姿をした男が立っています。顔は髭(ひげ)だらけで、なんとも異様な風体(ふうてい)ですが、もっと変なのは両手に大きな瓢箪(ひょうたん)をもっていることです。しかもその瓢箪を差し出した先には、一匹の巨大な鯰(なまず)も描かれています。いったい、この男は何をしているのでしょうか。この絵は何をあらわしているのでしょうか。ほかに例のない、実に不思議な絵です。
例がないといえば、絵の上に施された詩の数の多さも同様でしょう。絵の上に詩を書くということは室町(むろまち)時代の水墨画(すいぼくが)ではけっして珍しいことではありませんが、ふつうどんなに多くても十数詩ほど。それに対してこの絵にはひとり一詩ずつ、全部で三十一もの詩があらわされているのです。しかも詩を書いた人たちの顔ぶれは、すべて十五世紀初め頃の京都の大禅宗寺院のトップクラスばかりです。先に述べた奇妙な図柄といい、こうした詩の多さといい、この作品がかなり特殊なものであることは容易に想像できることでしょう。
瓢鮎図(部分)
如拙筆
<国宝(京都 退蔵院)>
幸い、この絵の上には詩とともに制作のいきさつを記した文章が添えられています。それによると、この作品は「瓢箪で鯰をおさえとることができるか」というテーマに基づいたものであることがわかります。発案者は室町幕府の第四代将軍の足利義持(あしかがよしもち=1386-1428)で、その命令により、絵は如拙(じょせつ)という画僧(がそう=僧でありながら絵も描く人)が描き、またその問いに対する答え(思いや感想)を禅僧たちが詩の形で書き付けたこともそこに記されています。なるほど、そういわれると、確かに先の図柄もそのようにみえますし、また将軍の命令であれば、数多くの高僧たちがこぞって参加しているのも当然のことといえましょう。 では、本当に「瓢箪で鯰をおさえとる」ことができるのでしょうか。いやいや、そんなことができるはずはありません。たぶん発案者の義持でさえ、正しい答えが示されるとは思っていなかったでしょうし、はじめから期待もしていなかったことでしょう。むしろ義持にとっては、こういった難しいテーマを如拙や禅僧たちといっしょに考えることこそが第一の目的であり楽しみであったのです。そもそも「瓢箪で鯰をおさえとる」というテーマは「鮎魚(ねんぎょ。本来、『鮎』は鯰を意味する)竹竿(ちっかん)に上(のぼ)る」(苦労して成功するという意味)という中国のことわざを土台として、それに瓢箪を付け加えたものと考えられています。つまり、鯰や竹(絵の中に竹が描かれていたことを思い出してください)から連想される「滑(すべ)る」というイメージに、やはりツルツルした瓢箪を加えて成ったのが、先のテーマなのです。なんとも、ひとを食った問い掛けというべきでしょう。これは明らかに知的な遊びです。
瓢鮎図(部分)
如拙筆
<国宝(京都 退蔵院)>
ですから、如拙にしても禅僧たちにしても、楽しみながら実に意欲的にそれぞれの仕事をこなしているようです。まず如拙においては鯰・瓢箪・竹・水流・岸辺などいずれも「滑る」を強調するように曲線的に描く一方、瓢箪をもつ男だけを直線的に滑稽(こっけい)に表現することで、巧妙(こうみょう)に男の行為の愚(おろ)かさをあらわしています。禅僧たちの方はというと、各人が勝手な想いを書き付けているようにみせながら、実は連句(れんく=一種の連想ゲーム)という高度なテクニックを使ってお互いに言葉の遊びを行っているのです。また、先のいきさつを記した文章の中に「(義持公が投げかけた問いは)たいへん深い意味がある」というくだりがあるのですが、これを真剣にとらえてはいけません。おそらくこの文を書いた禅僧は笑いをかみ殺しながらしたためたことでしょうし、これを読んだ義持はきっと腹を抱えて笑い転(ころ)げたに違いないからです。
義持を中心とする集(つど)いがいかに自由な雰囲気(ふんいき)に満ちていたかをはっきりと物語るこの「瓢鮎図」。室町時代水墨画中の傑作(けっさく)です。
美術室 山本(イラスト 普及室 市田)
1997年4月12日

