ゆとり教育 中教審が、反省点として挙げるのは、
◆〈1〉「生きる力」とは何か、なぜ必要なのかを、国が教師や保護者に伝えられなかった
◆〈2〉「生きる力」の象徴として、「自ら学び自ら考える力の育成」を掲げたが、子供の自主性を尊重するあまり、指導をちゅうちょする教師が増えた
◆〈3〉総合学習の時間を創設したが、その意義を伝えきれなかった
◆〈4〉授業時間を減らしすぎたため、基礎的な知識の習得が不十分になり、思考力や表現力も育成できなかった
◆〈5〉家庭や地域の教育力の低下を踏まえていなかった
――の5点。
どうした、先生?ゆとり取り戻せる改革を
校長先生が頭を下げるのを、最近ニュースでよく見る。中間試験で「校長を殺したのはだれ?」と出題した高校教師。道徳の授業で「脅迫文」を作らせていた小学校教師……。
小中高を合わせると、日本には100万人の先生がいる。問題を起こすのはほんの一握りだ。中には、もとから適性がない人もいただろう。
だが、いくつものデータから浮かびあがるのは、子どもの心を傷つけたり常識を外れたりするような行動を、同僚が戒めたり、助言したりできぬほどに疲れきった教師集団の姿だ。
職員室を取材に訪ねると、ネットカフェのようだと感じることがある。日が暮れた後も、ポッ、ポッと明かりがともったパソコン画面に、先生たちが黙々と向かう。教育委員会への報告づくりや、給食費の管理といった事務作業に追われどおしなのだ。
文部科学省の2006年度の調査では、1カ月あたりの残業は42時間と、40年前の5倍に増えた。子どものトラブルや保護者の注文、外国人の子の増加。先生たちの仕事は膨らむ一方なのに、財政難で教員定数は抑えられている。頭数だけでも増やそうと、自治体は安い給料で済む非正規教員の採用に動いている。
心を病んでの休職は増え続け、希望を失う先生もいる。公立小中高で毎年1万2千人以上が中途退職し、1年以内に教壇を去った新人先生は昨年度、過去最多の317人だった。
これでは、先生をめざす優秀な若者が減るのも無理はない。都市部では採用試験の倍率低下が深刻だ。教育をとりまく様々な問題の中でも、「教師の危機」はあまりに深刻ではないか。
余裕とともに失われているのは、先生同士が切磋琢磨(せっさたくま)し、互いに高め合う「教師文化」だと、ベテラン先生はいう。先輩が経験を語り、若手は相談を持ちかける。共に授業研究をし、工夫する。かつては、そんな中で問題を抱えた先生も見つけられたという。ところが今や、職員室のコミュニケーションすら乏しくなっている。
問題を起こした当人への適切な措置とともに、研修体制や先生間の連携を見直す。そのうえで、あらためて学校を、先生自身が学び合い、育つことができる場にしてゆこう。地域の人の知恵や力も、もっと借りたらよい。
「先生の数と質」の改善を急ぐべきだ。だが文科省が計画する少人数学級実現には、財務省が難色を示す。教員の養成・採用・研修をどう変えるかの議論も、時間がかかっている。問題教師排除の発想で始められた免許更新制の先行きは、不透明なままだ。
先生を批判し、追いつめるだけでは希望は見えてこない。子どものためにこそ、先生たちのゆとりを取り戻せる改革を応援したい。
2010年11月1日(月)付 朝日
政治の空白が・・
いろいろな問題を、どんどん先延ばしさせている・・・
