秋田駅前の商店街が壊滅寸前 振興組合解散、アーケード撤去
2010/7/24 J-CAST ニュース
地域の顔となる秋田駅前で、中心商店街の衰退が進んでいる。商店街振興組合が解散し、アーケード撤去が決まるなどしているというのだ。こうした事態は、東北では秋田だけというが、なぜなのか。
商店街があるJR秋田駅西口は、中央通から駅前に来て、大きな県道の広小路にUターンして抜ける道になっている。どちらも一方通行であるからだ。
イトーヨーカドーが10月中に撤退すると表明
ところが、秋田商工会議所の関係者は、こうぼやく。
「最近は、単なる通過道路みたいになっているんですよ。車で来ても、シャッター通りになっているからです。その代わりに、郊外にある大型店に客足が流れています」
駅前では、2010年3月に中央通商店街振興組合が解散した。店じまいが相次いで組合員が減り、主要事業の共同駐車場を売却。その結果、組合の意義がなくなったからだ。
さらに、今度は広小路商店街振興組合が、7月14日の理事会で、6か所、計300メートル以上あるアーケードを撤去することを決めた。アーケードといえば、商店街のシンボル的な存在だ。組合は、その維持管理が主要事業のため、解散も検討されている模様だ。
駅前の別の振興組合では、毎年行っている夏のカーニバル縮小も検討している。その核となるイトーヨーカドー秋田店が10月中に撤退すると表明し、その協賛金が出なくなるためだ。
なくなったデパートや商店の跡には、全国チェーンのビジネスホテルや居酒屋が次々に進出している。駅前は、17年連続で路線価が下がっており、土地が安いため低価格でも利益を上げられるためだ。その代わりに、地元の商店は次々に消え、秋田らしさが急速に失われている。
秋田市「行政の責任ではない」
なぜ、秋田駅前の商店街が、ここまで弱体化してしまったのだろうか。
もちろん、郊外の大型店に押されたり、長引く不況が影響したり、他県でみられる事情もある。それに加え、秋田ならではの事情としては、行政による街作りの失敗が大きいというのだ。
広小路商店街振興組合の佐々木清理事長は、こう明かす。
「国の公団が所有地を売却したのがきっかけで、郊外に、東北で最大規模の巨大なショッピングモールができました。商業統計から秋田市の商業が壊滅すると予想されていましたが、結果は予想通りになったということですよ。商店街は、遠方からの買い回り客が多いので、結果として、かなり客を取られました」
商店街は、様々な種類の店があって成り立っており、歯抜け状態になって魅力がなくなってしまったという。組合は、アーケード撤去後は、イベントなどを運営し、まだ解散するかは未定だとした。佐々木理事長は、「合同の商店街組織を作るなどして、元気な街を何とか残していきたい」と言う。
街作りが失敗したのは、行政のせいなのか。
秋田市の市勢活性化推進本部では、こう反論する。
「巨大なショッピングモールは、1つの要因ではありますが、直接的な原因ではないと思います。一概には言えないということです。ですから、行政の責任ではありません。駅前の中心市街地については再開発事業を進めており、これがうまく進めば、にぎわいを取り戻せると思っています」
ただ、この事業は2010年10月に着工予定だが、キーテナントについてはまだ発表されていない。
近くに、巨大なショッピングモールができて、影響を受けている駅前の商店街・・
とっても多いですよね・
街作りが失敗したのは、行政のせいなのか??
街作りが失敗したのは、行政のせいでしょ!!
先日行った、神奈川県のある有名駅前商店街。
平日でも、車が通れなくしている。
自転車だらけ、人まばら、車が通れなく、商店街に閉塞感がでている。
同じ、神奈川県でも、横浜で、一番の元町商店街は、車が通れる。
これって、商店街のせい?? 行政でしょ・・
歩行者天国にしたおかげで、よけい悪くなったって・・
商売の素人が、町づくりをやっている・・
そんなところは、いっぱいある・・
シャッター通り ウェキペディア
原因・背景 [編集]
商店街の衰退、シャッター通り化には様々な原因が指摘されており、以下のようなものが挙げられる。
産業構造や社会構造、都市構造の変化による人口減少、都市機能の衰退が起こった(とりわけ第二次産業の興亡を経た都市に多く見られる。例:炭鉱都市、造船都市)。
モータリゼーションが進展した1970年代以降、交通網が未発達な地方都市を中心に自動車で買い物に行く生活スタイルが定着した。これにより公共交通機関離れが進んだことで地方では鉄道駅やバスターミナルに付随して発展してきた商店街(駅前商店街)の衰退傾向が顕著化した。スーパーだけでなく、いわゆるロードサイドショップが郊外の国道やバイパス沿いに乱立するようになったのもこのころからである。
2000年、大規模小売店舗法が改定され、全国各地の郊外にショッピングセンターや総合スーパーが矢継ぎ早に建設されるようになった。
従来のスーパーマーケットとしての枠を超え、百貨店や映画館(シネマコンプレックス)、専門店街、カルチャーセンターなどそれまで商店街や都市中心部で提供してきた機能をすべて取り揃え、しかも大型無料駐車場を用意した大規模ショッピングセンターはもはや1つの大規模繁華街に匹敵する商業機能を持つようになった。それにより、十分な駐車場を持たず、商品の目新しさや価格競争力に劣っていた既存の商店街から客が流出し、一気に衰退するようになった。
なお、古くから続く商店街だけではなく、1970年代以降に再開発された地区がシャッター通りになる現象も出て来ている。一時は再開発の目玉として核になる大手大型百貨店やスーパーが出店し、その周辺にも多数店舗が出店したとしても、その後郊外型の巨大モールが進出するなどして客足が落ちると、特に大手のチェーン店は不採算を理由に撤退することとなりやすい。その後代替となるテナントが入らずに大きな空きビルが出現すると、核店舗を失った商店街の集客力は失せ、さらに衰退に拍車がかかるという負の連鎖が起こり、シャッター通りとなる。特に駅前型繁華街にこの事例が多く、大小の百貨店やダイエー、サティなど駅前型スーパーが撤退し、その跡地利用が進まないケースが多く見られる。
高速道路開通、架橋、列車本数の高頻度化などの交通網の整備に伴い買い物客が他都市へ流出した。ストロー現象と呼ばれる。
地価高騰のなかで、全国的に1990年前後の数年間市立病院や大学・高校といった教育機関など公共性の高い施設が都心部より郊外に移転した。特に規模がある程度大きな病院については、入院患者見舞い客や往診待ち外来患者が空いた時間を利用し徒歩で都心部を散策する需要がもたらされた利点が消失した。加えて、移転に合わせバス会社がダイヤ改正や路線変更を行って病院などの移転にあわせると、交通の拠点という利点も都心部が独占出来なくなることも多い。
同様に地方では公的機関(市役所、役場、合同庁舎、郵便局等)や企業のオフィス(本社、営業所)の郊外移転も進行した。これらのホワイトカラー層を対象とした飲食店の撤退にとどまらず、自家用車利用を前提とする通勤形態の一般化により、公共交通機関の衰退に拍車がかかった。
高度成長期前後に開店した商店では、商店主の代替わりの時期に当たるが後継者難であった。
昔ながらの営業形態のままで、消費者の嗜好の多様化に対応できなかったため競争力を失った。
商店街の個々の店舗で、それぞれが置かれた経営状況が異なる上、個人が経営する店舗は店主があくまでも一国一城の主であることから、他者の干渉がはばかられたり敬遠されるなどの事情もあり、活性化に対して商店街としての意見の一致がなかなか見い出し難かった。
細分化された商店街の土地や店舗建物の権利関係が複雑なことが多く、また古くからの店舗兼住宅の場合、廃業した後も店主の住居として使われる場合が多いため、面的な再開発が進まなかった。
空き店舗の増加により、商店街が衰退し始めると寂れた印象を与えることから客足が遠のき、ますます空き店舗が増えるという悪循環に陥っていく。商店街の店舗の数が減ると、アーケードその他の維持管理費、イベント等の一店舗当たりの負担金などが重くなるため、老朽化した設備の更新が進まなかったり、魅力あるイベントを打てなかったりすることに繋がり、さらに衰退をもたらすこととなる。また、人通りが少なくなり開いている店舗が少なくなると、安全性についても客の不安を招きかねず、またこうした中、地主や店舗の貸主が自店にキャバクラなどの風俗店をテナントとして入れると、さらに女性、子連れの買い物客が敬遠してしまうこともある。
商店街の衰退、崩壊スピードは急速であり、また全国的に同様の現象が起こったため大きな社会問題となり、2005年には大規模小売店舗法の再見直しが行われるに至った。
対策 [編集]
店舗や人通りが減少すると、スラム化や治安悪化を招く恐れもあることから、上記のようなシャッター通り化の原因に対して各地で対策が採られている。
モータリゼーションの進展に合わせた対策として、駐車場の拡充や無料開放、無料駐車券の提供、道路幅の拡張などが挙げられる。その他、例えば長崎市中央地区商店街では、地域に散在する駐車場を案内するシステムが導入されている。
歩行者に配慮し、多くの商店街でバリアフリー化や、ベンチの設置などが行われている。その他、例えば那覇市国際通りの商店街では、毎週日曜日にトランジットモール化が実施されている。
商店街活性化のための各種のイベントが各地で行われており、商店街への人の呼び込みやイメージ向上が図られている。例えば佐世保市では、市民から募金を募って商店街をイルミネーションで飾ったり、コンサートや仮装大会などが実施されている。
(上記の例はがんばる商店街77選より)
また、商店街による対策のほか行政によりコンパクトシティを目指して公共施設を中心部に集中させ、賑わいを取り戻すような施策も行われており、例えば青森市では、郊外の公営住宅を建替える際に中心部に移転させたり、駅前再開発で市場を(市立図書館もある)再開発ビル地下にするなどの取組みを行っている。また札幌市や仙台市でも政令指定都市ながら市街化調整区域を指定し郊外化を抑制している。
このように各種の対策は採られているものの、全体としてみれば構造的な変化を止めることは難しい状況である。しばしばシャッター通りを脱した成功例とされるもののひとつに滋賀県長浜市が挙げられるが、端的に言えば商店街の観光地化であり(黒壁スクエアの項を参照)、このような事例が成功例として紹介されること自体が対策の困難さを示しているといえる。行き過ぎた郊外化の流れに歯止めをかけるため、中心市街地活性化法(中活法)の制定など国や行政主導で中心市街地の活性化を進める動きもあるが、買物客を呼び戻す有効な手段はいまだ見出せていないといえる。
関連項目 [編集]
コンパクトシティ、大規模小売店舗立地法、まちづくり3法
がんばる商店街77選 - 新・がんばる商店街77選
都心の荒廃、食の砂漠、焼畑商業、ドーナツ化現象、スプロール現象、ストロー効果、郊外化、ロードサイドショップ、モータリゼーション、買い物難民
サラ金ビル、消費者金融#都市の景観に関する問題、割れ窓理論
催眠商法 - シャッター通りの空き店舗が餌食となる。
新自由主義、ロジャー&ミー
高松丸亀商店街 - 高松丸亀町壱番街ビルを核に、シャッター街脱却に成功した香川県高松市中心街。
クレアモール - 首都圏でも活気がある川越市の商店街
参考文献 [編集]
『シャッター通り再生計画――明日からはじめる活性化の極意』 ミネルヴァ書房、2010年。ISBN 978-4623057177。

