「肩書に隠れない」
木村政雄が語る仕事
人生の基本は個人名
自分が規格品であると
まず気付かなくては
吉本興業で33年間、人づくりにもかかわってきましたが、芸能界というのは同じ人は二人と要らない世界です。明石家さんまさんは二人要らない、島田紳助さんも横山やすしさんも二人は要らない。つまり今までにいなかった存在感を探し求めていかなくてはならないのですね。ところがこれは芸能界に限ったことではありません。普通の人もまったく同じだと思えるのです。
それは、世の中がなぜこんなに元気がないのか考えてのことです。元気というのは「元の気」と書くのです。もともと子どもは大層元気なものですが、それは元の気のまま自分の個性を生きているからで、その後はやがて校則に縛られ、だんだん制約が増えていき、それの繰り返しで成人になるころには収まりのいい規格品のようになってしまう。長い時間を掛けて幾重にも幾重にも訓練されるので本人さえ自覚できないほどです。自分の意見だと思い込んでいることが、実は肩書が言わせた考えだったりする。
ビジネスだから肩書に合わせた仕事をやり抜くのは当然だと考えがちですが、肩書は自分への枷(かせ)でもあります。つまりその範囲での仕事しか発想できないということを自覚したうえで、「待てよ、自分個人として加えることはないか」と掘り下げる努力を始めてはどうでしょうか。
私のポジションはどこか。
仕事とはそれを探すこと
たとえばこの案件は誰に頼もうかという時、一つのジャンルで3番目くらいまでに入っていないとほとんど声は掛かりません。企業人もそうですし、店でも、商品でも同じです。3番目までとその他大勢とは何が異なるのか。それは個性が見えているということでありポジションが明確になっているかどうかの違いです。自分をよく見つめて差別化を図れるかどうか、と言い換えることもできます。
島田紳助さんは、まだ駆け出しのころから縦軸横軸を用いた綿密なチャートを作っていました。先輩の年齢や芸風、ネタのジャンル、一人ひとりの強み弱みを鋭く観察して書き込んでいき、自分はどこのポジションなのか、どこに立てば他の芸人とかぶらないのかを見いだしてきたと言います。
芸能の世界だけではなく、これもまた仕事をするすべての人に当てはまることでしょう。大きな際立った差をつくるのは至難ですが、微差で構わない。ここには私しかいないというすき間を手探りし、ユニークなセールスポジションを作っていくことです。ただ、それは独り善がりではなく他人にとって魅力的なものでなくてはなりません。人から求められるものです。
世阿弥はそれを「離見」と呼びました。あなたが持っている個性の中から、人を引き付ける要素を客観的に見つめることを意味しています。自分だけで独善的に判断して頑張ることは「我見」と言いますが、これはまだ閉じた状態で周囲に届かない。ここを脱していかなければならないのですね。
日本はずっと、規格から外れて見える人間や変わった人をどちらかというと排除してきたと思います。個人が勝手なことをしなくていい、与えられた役割をこなして生きよと。でも、そういう方程式で生き働く時代はそろそろ終わると私は思います。(談)
きむら・まさお ●1946年京都市生まれ。69年同志社大学を卒業後、吉本興業(株)に入社。漫才ブームを始め、吉本興業の全国展開を推進する。常務取締役大阪本社代表を最後に、2002年退職。事務所を設立し、講演、執筆活動、コメンテーターのほか、エンターテインメント事業や地域活性などにも取り組む。05年“50歳からのフリーマガジン”『5L(ファイブエル)』を創刊し編集長を務める。現在、法政大学大学院客員教授。主な著書に『笑いの経済学』(集英社)、『「人をつくる」という仕事』(共著/青春出版社)、『客観力』(祥伝社)、『50歳力』(大和書房)などがある。
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わたしも、そう、思います・・・
