田原総一朗の政財界「ここだけの話」
都議選惨敗後に「先手」を打った麻生首相
2009年7月14日 日経BPnet
7月12日、東京都議会議員選挙が行われて、自民が惨敗し民主党が圧勝した。
ここで改めてわかったことがある。
それは、都議選は東京都民にとって縁遠いものだということだ。
都議選が都民にとって縁遠い理由
政党支持を打ち出している人以外の多くの東京都民は、都議会議員の名をあまり知らないし、関心もないだろう。
なぜならば、東京はある意味「特殊」だからだ。では、何が特殊なのか。
東京以外の地方自治体にはそれぞれテーマがある。例えば、もっと企業の誘致がないかとか、道路を造りたいとか、あるいは財政赤字が大きいとか、「なんとかしてくれ」という問題が山ほどある。
だが、東京都にはそういった問題がほとんどない。国からカネを持ってこなくても採算が取れるからだ。
他の地方はいかに国からカネを持ってくるか、事業を持ってくるかが最大の関心だ。そのためには知事を誰にするか、あるいは議員を誰にするかがとても大事だ。
しかし、東京都民はそうしたことにあまり関心がない。
だから、東京都議会議員選挙というのは、都民にとって最も縁遠い選挙だということが、改めてはっきりした。
都議選は「都民の衆院選」だった?
12日の都議選では民主党が圧勝した。それはこういうわけだ。
都議選で自民党が惨敗し、民主党が圧勝する根拠はほとんどない。石原都政の基本的な問題では自民党も民主党も変わりがない。オリンピック招致、築地市場の移転……。新銀行東京を作るときは、民主党も賛成だった。
つまり自民党も民主党も、こと東京都に関する限り、ほとんど違いがない。
共産党が言うところによれば、「同じ方向を向いて」おり、「民主党も都政では与党。石原知事提出の議案に90%以上賛成」しているのである。
このように、自民党が惨敗し、民主党が圧勝した根拠は全くないにも関わらず、民主党が54議席を取り、自民党が38議席に終わったのは、要するに衆議院議員選挙と全く同じだからだ。
つまり都民は、都議選で衆院選をやったわけだ。
この点をどのマスコミも指摘していないが、私は今回の都議選は衆院選の前哨戦ではなく、まさに、まるで衆院選だったと考えている。
民主党もなぜ圧勝したか、よくわからないだろう。
その理由は、国民が自民党に飽きて、このへんで政権を交代させたいという意思の表れだった。石原都政が問われた選挙では全くなかった。
結果、自民党と公明党を合わせても過半数には届かなかった。
「先手」を打った麻生首相
ここで当然、いったい自民党内閣はどうするのかと、麻生さんの責任が問われることになる。
麻生さんや自民党の執行部が「都議選が地方選挙であって国政選挙ではない」というのは全く間違い、ウソであって、これはまさに国政が問われた選挙だった。地方自治体が問われた選挙ではなかったということだ。
さあ、ここで自民党内では「麻生じゃ選挙が戦えない。前倒しの総裁選をやらなければならない」という声が出てくるだろう。
麻生さんは、そうした声が出てくるのを前もって抑えようと、7月21日の週に解散・8月30日衆院選を打ち出した。
だが、「21日(の週)解散・8月30日選挙」を実施できない可能性が、まだ相当ある。
解散・総選挙は麻生さんが決めて執行部が承認したわけだが、これは先手を打って決めただけで、なぜ早々に決めたのかというと、麻生さんの危機感、つまり自分が替えられるという危機感が非常に強いということだ。
実は都議選の前までは、前倒しの総裁選の候補者に、舛添要一氏の名が挙がっていた。
舛添氏を推しているのは森喜朗さんであり青木幹雄さんである、と名前まで出ていたが、ところが、ここで「舛添要一」の名は出てこなかった。
森さんや青木さんが態度を明らかにしなかったのは、実は舛添氏の評判があまり良くないからだ。党内で「舛添総裁」に対する抵抗が、思いがけなく強い。
森さんや青木さんが、麻生さんを降ろしてどうするのか。次が見つからないではないかという状態になった。
私は、おそらく森さんや青木さんは、麻生さんがサミットに行く前に「名誉ある撤退」を示していたと思う。都議選で過半数を取れなかった場合には、だが。
ところが、意外にも「舛添総裁」に対する抵抗が強かったため、森さんや青木さんが態度を決めかねていた。これを察知して、麻生さんが先手を打った。
リコールしたい勢力もいるにはいるが……
今や、自民党の衆議院議員にとっては、自民党が勝つか負けるかという段階では既にない。
そんな段階は、とっくに過ぎている。
彼らは今、自民党の惨敗が怖い。
なぜか。今回の都議選でもわかったように、惨敗するということは、現在の自民党の衆議院議員が大勢、落選するということだからだ。
既に、自民党が勝つために麻生さんに代わる看板が必要だという「大義名分」は消えてしまった。
今は、自分たちが落選しないようにしたい、仮に負けてもましな負け方をしたいという気持ち、つまり、自民党が負けても自分だけは当選したいという気持ちが、特に若手の議員に強い。
大義名分は完全に消えてしまって、議員一人ひとりのエゴイズムの世界に向かっているわけだ。
若手議員には、たとえ麻生さんが解散・総選挙を決めようと自分たちは何とかしなくてはいけない、という声が多い。
麻生さんではだめだという人たちは、今までもいた。
それは武部勤元幹事長であり、中川秀直元幹事長であり、塩崎恭久氏であり、山本拓氏であった。
そして、こういった連中が今、両院議員総会に持ち込み「麻生リコール」をやりたいと思っている。
彼らは個々にはあまり力がないけれども、「麻生さんではだめだ。自分たちは落ちる」という危機感を持っている議員たちが、そこにどれくらい賛成するか。
私は、相当数が賛成する可能性があると思っている。党のためではなく、自分らのために、だ。
というのが現状で、21日解散・8月30日総選挙は決まったかに見えるが、実は動く可能性はまだある。
何よりも、仮にこの日程で選挙が行われようとも「麻生さんで解散」がなくなる可能性もある。
だから今、自民党はいわば混迷状態だ。
これには2説ある。
一つは、よりましな負け方をするためには、ここであまり混乱を露呈させずに、このまま総選挙をやったほうがいいという説。そしてもう一つは、ここで混乱すれば自民党に関心が集まっていい、という説だ。
麻生さんは21日解散・8月30日総選挙を打ち出しているが、実現されない可能性はまだ残されている。
繰り返すが、自民党が勝つか負けるかという段階はとうに過ぎた。惨敗すれば自分たちは大変だ、惨敗はしたくないという、必死の、エゴ丸出しの議員たちが、特に若手の議員たちが極めて多い。
両院議員総会は総務会で開催が決められ(党所属国会議員の3分の1<128人>以上の要求で開催でき)、過半数の賛成で「リコール」が成立する。
山本拓氏が呼びかけていた署名には既に128は集まっているとされている。
だから先に述べた武部氏、中川氏、塩崎氏、山本氏らは何とかして両院議員総会に持ち込み、そこでリコールに持っていこうと動くだろう。
麻生さんと執行部は、その動きを止めたい。
しかし、その執行部も実は、自分の選挙がかかっているわけだから、建前ではなくなるだろう。そのへんはやや複雑な問題だが、そういう意味では非常に波乱含みであるといえる。
執行部にも迷っている人もたくさんいる。
都議選で惨敗したばかりで、まだ同じ風が吹いているときに解散するなんて、それは愚策ともいえる。
麻生さんは先手を打ったというより「追い込まれた」という言い方のほうがいいかもしれない。
この記事が出るころには、大混乱が起きている可能性もある。この2~3日がヤマ場だろう。
田原総一朗(たはら・そういちろう)
1934年滋賀県生まれ。早大文学部卒業後、岩波映画製作所、テレビ東京を経て、フリーランスのジャーナリストとして独立。1987年から「朝まで生テレビ!」、1989年からスタートした「サンデープロジェクト」のキャスターを務める。新しいスタイルのテレビ・ジャーナリズムを作りあげたとして、1998年、ギャラクシー35周年記念賞(城戸賞)を受賞。また、オピニオン誌「オフレコ!」を責任編集。2002年4月に母校・早稲田大学で「大隈塾」を開講。塾頭として未来のリーダーを育てるべく、学生たちの指導にあたっている。最新刊に「ズバリ!先読み 日本経済」(アスコム)がある。
都議選は東京都民にとって縁遠い??
与謝野財務相も両院総会開催に署名=中川元幹事長
[東京 15日 ロイター] 自民党の中川秀直元幹事長は15日、両院議員総会開催を求める署名が党所属国会議員の3分の1にほぼ達したとし、与謝野馨財務相・金融担当相にも「署名をいただいた」と述べた。記者団に語った。
一方、与謝野馨財務相と石破茂農水相は15日午後、首相官邸で麻生太郎首相と会談。関係者によると、与謝野財務相は「都議選をやって、自民党に極めて厳しい情勢であるとの肌感覚を首相に伝え、このまま衆院解散に突っ込んでいけば大変なことになる」と進言した。衆院解散の先送りを直談判し、地方選の敗北を総括するための両院議員総会の開催を求めたとみられている。
ただ、反麻生の急先鋒である中川元幹事長は14日の自民党代議士会で「自民党の人心一新が必要だ。そういう形で堂々と選挙に臨む必要がある。両院議員総会ではあらゆることを含めて議論させていただきたい」と、総裁選前倒しなど党則を変えることができる両院議員総会の開催を求めており、自民党内の混乱は一段と深まってきた。
片腕の与謝野さんまでも両院総会開催に署名!!??
いよいよ、リコールか???
「突入ではガダルカナル」 小池元防衛相、首相を批判
2009年7月15日21時 朝日
「戦いを総括し、戦略・戦術を見直すことなく、そのまま『突入!』ではガダルカナルではないか」。自民党の小池百合子元防衛相は15日、自身のメルマガで、麻生首相による解散をガダルカナルの玉砕戦になぞらえ、痛烈に批判した。
小池氏は「開戦日程だけが設定され、マニフェスト(政権公約)という武器もなく、赤紙一枚で戦場に赴く兵士の思いは複雑だ」と心情を吐露。麻生首相について「戦後処理にあたった吉田茂の孫は、『失敗の本質』をご存じではないようだ」と皮肉った。
小池氏は5日に出演したテレビ番組で「首相指名では麻生太郎と書いている。製造者責任がある。しっかり支えることが基本だと思う」と語り、「麻生降ろし」とは一線を画してきた。
ガダルカナル戦の意義と日本軍の敗因(Wikipedia)ミッドウェー海戦とともに、太平洋戦争における攻守の転換点となった戦闘とされている。一般に、ガダルカナル戦は日本軍が米軍の物量に圧倒されて敗北した戦いと認識されている。川口支隊の敗北までの時点で、その点を冷静に判断し、兵を引いていれば、その後の泥沼のような消耗戦で何ら得るところなく戦力と継戦能力をすりつぶす事態は避けられたと考えられる。
航空機の損害はミッドウェーの約3倍、搭乗員の損失はそれを遙かに越えた(ミッドウェーでは、航空機が母艦の沈没によりもろとも海没したが、救助された搭乗員は実際には多く、搭乗員の戦死は100名余りに止まっている)。このため搭乗員の練度は著しく低下した。航空部隊の消耗の原因に、拠点であるラバウルからガダルカナル島まで往復8時間という長距離攻撃を強いられた事が一因に挙げられる。ブーゲンビル島のブカやブインなどへの中間飛行場整備もその当初は必要性が認められず整備が遅れており着手した時にはその戦機を既に逃して間に合わなかった。
大量の輸送船が撃沈されたこと、それにともないさらなる商船徴用[14]が行われたことは、それ以降の海上輸送と軍需生産に深刻な打撃を与えた。海軍にとっては、艦隊の手足となる駆逐艦を輸送任務中に大量喪失したことが、前記の航空部隊の消耗に加え、以後の作戦遂行上大きな打撃となった。
物量について言うと、最終的には米軍の物量は日本軍を圧倒したが、一連の戦闘の全期間でそうであったわけではない。8月頃の時点では、米軍は第一次ソロモン海戦での敗北のため、輸送船団が一時退避するなどして重装備や弾薬の揚陸が遅れており、物量はかなり欠乏を来していた(アメリカ軍側で言う「八月危機」)。ヴァンデグリフト少将は「実際の手順とは逆の手順で日本軍が来襲していたら、ガダルカナルの連合軍はなすすべもなく追い落とされていただろう」と述べている。
しかし、実際には日本軍は最初はわずか900名の一木支隊第一挺団、次は6,000名の川口支隊と一木支隊第二挺団という、兵力の逐次投入を行い、敵を圧倒的に下回る兵力で攻撃を掛けては撃退された。もっとも、仮に占領に成功していたとしても、その後日本から6,000キロ以上も離れたこの島を、米軍の反攻を前にどこまで維持できたかは疑問である。
武部氏 麻生首相には徳がない
7月15日 NHK
自民党の武部元幹事長は、みずからが主宰するグループの会合であいさつし、麻生総理大臣は、東京都議会議員選挙で自民党が敗北した責任について厳しく認識していないとして、「徳がない」と批判しました。
この中で武部元幹事長は「麻生総理大臣は、きのうの自民党の代議士会で衆議院選挙に向けて党内が結束するよう呼びかけたが、なぜ党内が一致結束できないかについてまったく認識がない」と述べました。そのうえで、武部氏は「麻生総理大臣は、自民党が敗北した東京都議会議員選挙の結果について、厳しい認識とともに、ざんげの気持ちを表すべきであり、恥を知る心がないのではないか。ひと言で言うなら、徳がない」と批判しました。また、武部氏は「党執行部は両院議員総会を開いて、麻生総理大臣に都議選の総括をしてもらうとともに、今後の党のあり方や衆議院選挙に向けた戦略を話し合うべきだ」と述べました。
180人の票が、集まったって・・・・
与謝野氏までも、小池氏までも、離反か??


