田中義剛―半農半芸2つのプロの顔・北海道に夢を追い、牧場を拓いて10年 | 東京リーシングと土地活用戦記

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田中義剛―半農半芸2つのプロの顔

プレジデント 2008年1.14号

北海道に夢を追い、牧場を拓いて10年あまり。ようやく見えてきたのは、尽きることのない夢の地平線。

「芸能界は、いわば永遠の日雇い労働。だからオレは早く使われる側から使う側に、いつかメディアを利用する立場になりたい、そう思っていました」

田中義剛●1958年生まれ。青森県出身。80年、歌手としてデビュー。87年に東京進出。バラエティ番組で人気を得る。35歳で北海道に移住。同時に牧場経営をスタート。「花畑牧場」ブランドを北海道を代表するブランドへと育て上げた。
田中義剛、49歳。テレビ、ラジオで5本のレギュラー番組を抱え、タレントとして活躍しながら、十勝で酪農を営んでいる。現在、自ら経営する「花畑牧場」ブランドで生キャラメルが大ヒット。今期は約20億円の売り上げをめざす。

「手づくり商品だけで、これだけ売り上げを出す企業はなかなかないよ。新千歳空港で95%ものシェアを独占している六花亭、石屋製菓、ロイズの牙城を切り崩すことがいまの目標」と不敵に笑う。

芸能界に身を置きながらも、その間ずっと頭から離れなかったのが、北海道で牧場をやるという夢だった。少し貯えができた33歳のときに、十勝で土地を探し始めた。だが“よそ者に土地は売れない”という田舎特有の気質に阻まれ、2年経っても土地は手に入らない。あきらめかけたとき「村を全国区にしてくれると約束してくれるなら」と当時の中札内村村長が助力してくれたおかげで、やっと土地を購入することができた。

「とはいえ、農協からは牧場をするなら最初に牛を100頭飼えって言われましてね。まず借金ありき。搾乳機を入れ、工場化させる大規模農業を押しつけてきた。だからオレは牛1頭でやるっつって、もう農協と大ゲンカですよ」

生来の頑固さで主張を押し通し、ジャージー牛1頭だけを飼った。7万坪の土地に牛が1頭。「芸能人が趣味で酪農をしている」「やる気がない」など、相当のバッシングを受けながらも「オレは東京のマーケットを知っている。大規模農業の時代は終わる」と言ってのけ、独学で乳製品をつくり始めた。

 牛1頭からは毎日30キロの牛乳を搾ることができる。そこからできるチーズは約32キロ。そのまま牛乳として出荷すると2000円くらいだが、良質のブランドチーズにすれば1キロで5000円の値段がつけられる。彼はそこに目をつけた。

「小規模の企業がつくるものは、すでに世の中に出回って値段が決まっているものではダメ。だってプライスリーダーになれないから。そこで目をつけたのがイタリアのカチョカヴァロというチーズです。昨年、生乳が余って牛乳を大量に廃棄しなければならない事態が起きたとき、その牛乳を何とか利用するために、5000万円を投資してチーズ工場を拡張しました。つくるのはかなり難しかったですが、約1年かけてようやくうまく生産できるようになりました」


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チャレンジ精神が実り、チーズはひと月で約2000万円も売り上げる花畑牧場の主力商品となった。

「工場を拡張したとき、ガラス張りにして中がよく見えるようにしました。車でも何でもそうでしょ。売れるものには必ずショールームがある。しかもウチの商品は全部手づくり。大手では絶対できません。多くの製造現場はお客さんの目の届かないところにありますが、ウチは積極的に見てもらい、安心感を買ってもらうんです。そこに価値が生まれる」

主力商品であるカチョカヴァロは1個約200グラムで980円。生キャラメルは12粒入りで850円だ。

「やや高いですけれど、安売りすることは絶対にしない。売るのは空港、百貨店の催事、生協とショッピングチャンネルのみ。ブランド戦略ですよ。あとはいやらしくない範囲で、オレがメディアを使って宣伝する。やっとそういうことができるようになりました」

10年間赤字続きだった牧場経営だが、やっと最近軌道に乗ってきた。挫けなかったのは、持って生まれた失敗を恐れない精神力と芸能界で唯一の友人だった東国原宮崎県知事の影響もある。

「30歳を過ぎたころかな。『お互いすり減ってるよね。いつまでやれる?』『あと、2、3年かな』なんて話をしていたんですよ。それで、これからの時代、ひとつのことをやる時代じゃないと。二兎を追う者は一兎をも得ずじゃなく、二兎でも三兎でも追ってリスクヘッジをかけなきゃダメだ。そう話し合った。そして彼は『生活を変える、マラソンを始める』って言って、タバコもやめた。勉強して大学に入った。彼にとって政治家になるという目標が、オレにとっては牧場だったんですね」

“新千歳空港を制するものは、全国を制する”――この言葉を胸に、08年、50歳になる田中義剛の挑戦がまた始まる。



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