日本は航空主権を回復する必要がある 猪瀬直樹 | 東京リーシングと土地活用戦記

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日本は航空主権を回復する必要がある

ボーイング、エアバスだけじゃない。悲願の国産機開発


2008年10月15日 日経BPnet 猪瀬直樹の「眼からウロコ」

 10月1日から5日間、航空宇宙関連の528企業・団体が集まる「2008年国際航空宇宙展」がパシフィコ横浜で開催された。僕は2日に視察して、講演とパネルディスカッションに参加した。
 展示会場には、航空宇宙関係の部品をつくっている東京都内の中小企業も展示ブースを出した。町工場が多いことで知られる大田区だけでなく、多摩地区の中小企業も出展。売り上げが数億円の中小企業が裾野を形成しているからこそ、日本の航空産業は成り立っている。

YS-11以来、半世紀ぶりの国産旅客機「MRJ」

 大手メーカーである三菱重工業の展示ブースでは、話題の「MRJ(三菱リージョナルジェット)」のシートに座ってみた。MRJは、半世紀ぶりの国産旅客機である。今年3月に三菱重工業が事業化を決定して、2013年の就航を目指している。




MRJの輪切りにされた実物大胴体模型のシートに座ってみた。シートは薄くつくられており、座席間はゆったりとしている
 国産旅客機は、「YS-11」以来の日本の悲願だ。YS-11はプロペラ機で、座席数は60席弱だった。30年くらい前の話だが、僕もYS-11に乗ったことがある。和歌山に取材に行ったときのことで、南紀白浜空港から羽田までの便だった。YS-11のあと、日本は自前の航空機を持っていない。そこにMRJが登場した。
 MRJは座席数86~96席(MRJ90標準型の場合)の小型機だが、展示会場に丸ごと持ってくるわけにはいかない。輪切りにされた実物大の胴体模型が展示されていた。




 従来の小型機のイメージは、座席間がぎゅうぎゅうに狭くて、座りにくいものだ。しかしMRJでは、座席を薄くて性能のいい「スリムシート」にしている。実際に試してみると、膝が前の座席に当たらず、ゆったり座ることができた。
 ただ、MRJの受注状況は厳しい。3月に全日本空輸(ANA)が25機発注しただけである。普通は、500~1000機の受注がなければ採算がとれないとされる。

長航続距離の中型旅客機の登場で、日本の成田は素通り
 三菱重工業以外の大手メーカーの展示も目を引いた。
 富士重工業は実物大のビジネスジェットを展示。8人乗りの小さな機体を丸ごと持ち込んでいた。富士重工業の関係者から、「(普及は)羽田空港が鍵ですよ」と言われたのが印象に残っている。
 川崎重工業は新型旅客機「ボーイング787」のデスクトップモデルを展示していた。今年7月に1号機が完成したボーイング787は、なんと重量ベースで機体の35%が日本製の部品でつくられているという。三菱重工業が主翼の一部、富士重工業が主翼の付け根、川崎重工業が胴体の中心部をそれぞれ担当している。

「ボーイング787」のデスクトップモデル。機体の35%(重量ベース)が日本製部品でつくられている(撮影:北村泰弘)
 今や、ボーイング787のような中型旅客機が、ニューヨークからシンガポールまでノンストップで飛ぶ時代だ。航空機の航続距離がどんどん長くなっているから、成田は素通りされてしまう。

 中小型機の需要も世界中で高まっている。ヨーロッパは域内移動が多く、中小型機の比率が高い。アジアでも需要は伸びている。羽田空港が航空需要に応えなければ、日本は置いていかれると、ひしひしと感じた。
 僕は、講演のなかで羽田の国際化についてあらためて訴えた。

 「中小型機の需要を含めて、羽田の役割はこれからさらに増していくだろう。そのときに国が、国際は成田、国内は羽田というふうな旧来型なドメスティックな仕分けをしている。これは、供給サイドの考え方でしかない。やっぱり需要の側、市場の側のニーズに対応する必要があるのではないか」

 2010年に羽田空港が拡張して、発着枠が現行の30万回から41万回まで増える。
11万回の増加枠のうち、どれだけを国際便にできるか。その枠拡大については、国土交通省との交渉である程度見えてきた。今後もこの流れを強めなければならない。

戦後、アメリカに奪われた日本の航空主権

 パネルディスカッションでは、中橋和博・東北大学大学院宇宙航空研究科教授がコーディネーター。パネリストは僕のほかに、航空アナリストの杉浦一機氏、マレーシア産官科学技術グループ副社長のカマルザマン・ザイナル氏、インドネシアン・エアロスペース技術工学担当のエルウィン・スレーマン博士だった。

 日本の遅れに危機感を抱く杉浦氏からは、次のような指摘があった。

 「日系エアラインによる国際線と国内線の輸送実績が、近年低迷している。イギリス、ドイツ、中国に追い抜かれて、2005年には世界5位に転落。世界の国々では、積極的な空港整備や航空自由化による開放政策で、航空輸送が国の経済成長を上回る成長を遂げている。アジアの航空輸送の伸びは大変に著しく、世界の3倍のスピードで伸びている。しかし、羽田、成田など首都圏空港の整備が遅れており、需要に追いついていないという現実がある。一方、アジア諸国ではハブ空港が整備されて輸送量を大幅に増やしているほか、日本を経由しないフライトも増えてきている」

 戦前の日本は「零戦」を開発するなど航空産業が強かった。戦後に発展した自動車産業も、戦前の航空産業がもとになっているところが多い。たとえば富士重工業の前身は中島飛行機だった。三菱重工業も零戦をつくっていた。
 アメリカは占領期間の7年間、日本にいっさい航空機をつくらせなかった。「とにかくこいつらに航空機をつくらせると危ない」と考えたアメリカによって、日本は航空主権を奪われたのである。

 日本のメーカーは、自前の航空機を飛ばせたいと夢見てきた。技術者たちの夢が結実したのが、YS-11だった。しかし、結局はアメリカが嫌ったために販路をつぶされて、あとが続かなかった。
 アメリカは「ボーイングを買え。ロッキードを買え」と言ってきて、日本に自前でつくらせようとはしない。自動車では日本の参入を許したが、航空機でも日本が本気になったら怖い。だからアメリカは参入させない。
 インドネシアも同じようにアメリカに妨害された。日本のYS-11のような中小型機を開発しようと思ったら、アメリカに事業計画をつぶされたのである。

アジアの国々で独自の中小型旅客機を開発する構想も

 2006年3月10日の定例記者会見で、石原知事はこう発言した。 「通産省(現・経済産業省)は、相変わらずアメリカの意向をうかがっているようだが、中小型機の開発は、アジアでやればすぐできる。今後ともアジアの航空機メーカーと連携を強めて、是非アジア産のジェット機を開発してつくりたい」
 石原知事の呼びかけで、2000年に立ち上げた「アジア大都市ネットワーク21(通称:アジネット)には、アジアの主要都市が集まっている。そのなかで、東京都を幹事都市にして進められているのが、「中小型ジェット旅客機の開発促進」という共同事業だ。
 一国では難しくても、みんなでつくればアジア産の航空機も可能ではないか。たとえば、シート、翼、エンジンを各国で分担してつくる。そういう石原知事の提案から、共同事業は始まった。

 一方で、今年になってからMRJの話が具体化した。偶然にも、日本・アジア産という独自航空機開発の動きが重なり合ったわけだ。
 独自航空機開発の動きはほかにもある。自衛隊の次期哨戒機「P-X」の民間転用だ。IHI製のエンジンを積む国産航空機であるP-Xを転用して、125席の旅客機にする。
 ボーイングの中型機が130席で、MRJなどの小型機は100席未満。P-Xの民間転用はその隙間を狙う。100~130席という規模の航空機は、ちょうど航空機需要の隙間市場になっている。ただ、もとが自衛隊用なので民間転用には数年かかるという(P-Xの開発は2012年に完了予定)。

 アジネット、MRJ、P-Xの民間転用と、うまく連携できれば日本・アジア産の航空機市場を広げていくことができる。今のところは、関係者間ですり合わせができているわけではないが、将来的には部品供給などの面で協力できればいい。

 国際航空宇宙展を見ればわかるように、日本には技術の種がある。それらを結集して、再構成する。日本の中小企業にとっても、部品供給という点で、大きな希望が持てる展開になることを期待している。
 東アジアにおける航空需要に応えるためにも、日本は航空主権を回復する必要がある。それも、日本だけではなく、アジア全体でやる。世界はボーイングやエアバスだけじゃない。






猪瀬直樹(いのせ・なおき

作家。1946年、長野県生まれ。1987年『ミカドの肖像』で第18回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。『日本国の研究』で1996年度文藝春秋読者賞受賞。以降、特殊法人などの廃止・民営化に取り組み、2002年6月末、小泉首相より道路関係四公団民営化推進委員会委員に任命される。政府税制調査会委員、東京工業大学特任教授、テレビ・ラジオ番組のコメンテーターなど幅広い領域で活躍中。東京都副知事。最新刊に『道路の決着』(文春文庫)がある。長野県長野市出身の作家。 東京工業大学特任教授・東京大学客員教授。 政府税制調査会委員(2000年9月 -)。地方分権改革推進委員(2007年4月 -)。東京都副知事(2007年6月 -)。
人物
信州大学教育学部附属長野中学校、長野県長野高等学校、信州大学人文学部卒業。1968年信州大学全共闘議長をつとめた。1972年、明治大学大学院政治経済学研究科政治学専攻博士前期課程にて政治学者の橋川文三に師事し、日本政治思想史を研究。政治学修士。
その後出版社勤務などを経て、1987年西武鉄道グループについて描いた 『ミカドの肖像』で、第18回大宅壮一ノンフィクション賞、ジャポニズム学会特別賞受賞。1996年『日本国の研究』で、文藝春秋読者賞を受賞。2001年小泉内閣の行革断行評議会(行政改革担当大臣の諮問機関)に名を連ねる。2002年道路関係四公団民営化推進委員会委員に就任。2007年地方分権改革推進委員会委員と東京都副知事に就任。
道路公団以外にも特殊法人・政府関係法人の民営化等を主張する姿勢をとっている。


 猪瀬さんは、日本国の研究、ミカドの肖像、道路の権力など、

 とても為になるいい本が多いです。

 私には、土地の神話はとてもおもしろかった。

 自分で、調べ、検証し、政治家、公団、官僚などへ、直接文句を言う???

 とっても、独創的です。

 目のつけどころもいいですよね・・



アジア大都市ネットワーク21「中小型ジェット旅客機の開発促進」

第7回共同事業別会議の開催について
平成20年10月14日知事本局
 アジア大都市ネットワーク21では、「中小型ジェット旅客機の開発促進」第7回共同事業別会議を下記のとおり開催しますので、お知らせします。

記1 実務担当者会議
(1) 日時 平成20年10月20日(月) 9時30分~17時30分
(2) 場所 イーグルトンリゾート(インド共和国カルナータカ州バンガロール市)
(3) 内容
プレゼンテーション
インド国立航空宇宙研究所の活動紹介
(インド国立航空宇宙研究所長 A.R. Upadhya博士)
旅客機開発におけるアジア協力の意義
(「中小型ジェット旅客機の開発促進」検討委員会座長 東北大学大学院工学研究科教授 中橋和博氏)
ほか
2 視察
(1) 日時 平成20年10月21日(火) 9時00分~18時30分
(2) 場所 インフォシス、HAL(Hindustan Aeronautics Limited)、インド国立航空宇宙研究所(NAL:National Aerospace Laboratories)
3 出席予定者 約100名
 共同事業参加都市※、アジアの航空機メーカー、エアライン、研究機関、「中小型ジェット旅客機の開発促進」検討委員会委員(学識経験者、重工メーカー、航空会社、商社など)等
 ※共同事業参加都市・・・デリー、ハノイ、ジャカルタ、クアラルンプール、台北、東京

参考【アジア大都市ネットワーク21(Asian Network of Major Cities 21)】(概要)
○アジア大都市ネットワーク21(ANMC21)は、アジア地域の首都及び大都市が、新技術開発、環境対策、産業振興など共通の課題に取り組むため、共同して事業を推進し、その成果をアジア地域の繁栄と発展につなげていこうという、新たな国際的ネットワークである。
○平成12年8月に、デリー、クアラルンプール、ソウル及び東京が、共同提唱都市として、ネットワーク構築に向けた共同宣言を採択し、共同で取り組む事業のテーマや参加を呼びかける都市を決定した。
○現在、次の11都市が参加している。
 バンコク、デリー、ハノイ、ジャカルタ、クアラルンプール、マニラ、ソウル、シンガポール、台北、東京、ヤンゴン(アルファベット順)
【中小型ジェット旅客機の開発促進】
 アジア大都市ネットワーク21の共同事業の一つで、アジアの航空機産業の発展に寄与し、アジアのアイデンティティをより強固なものにするため、アジアの技術と能力を活かした中小型ジェット旅客機の開発・製造と就航の促進を目的としている。