~「私の娘を百ウォン・1300円で売ります」を読む途中失神した、ある脱北女性の告発~
「平壌の選択されたアパートでも飢えて死ぬ人々続出した」
金秀妍 : 趙甲済ドットコム記者
(2008.5.27)
5月21日の午後2時、脱北詩人のチャン・ジンソンの詩集「私の娘を百ウォンで売ります」を読んだ脱北女性の朴OO(54才、2006年入国)が失神して病院へ運ばれた。詩集を読んで号泣している内に気を失ったのだ。
22日の午前、記者は電話で病院に入院中の朴氏から話を聞くことができた。安静が必要で、退院できるかどうかはしばらく見守るという。
朴氏は、数日前、広告を通じて詩集を知ることになり、近所の書店で本を購入した。朴氏は、詩集を読んで北朝鮮での一日一日が生き生きと思い出されたという。「頭の中に散ばっていた記憶の断片らが、あれまあ、このようにすべて集められているのか」と感心して我を忘れて涙が出始めた。「私たちのご飯は…山で岩を裂き育ち、口にするにはあまりにも痛い(詩『私たちのご飯は』中で)」の部分を読む時は、草でも採るためにあてもなく山と野原をさ迷い歩いている北朝鮮の子供たちと女たちが浮び上がった。
平壌出身で上流層だった朴氏は、本人は直接飢餓に喘ぐ程ではなかった。だが、周囲の人々の状況を見て、また、党の事業をしながら、北朝鮮の凄惨な現実をぶつかった。朴氏が住んだアパートは体育人、芸術家、科学者など選択された人々が住むアパートだった。しかし、貨幣改革の後、配給が断たれてまともに給料が出てこなくなるや、そのような高級アパートでも飢えて死ぬ人々が続出するようになったという。できる限り近い人々を助けたが限界があった。
朴氏は、その中では事情が良いという平壌でも、乞食やコッチェビを見るのが難しくなかったと言った。外部の報道に見られる平壌の姿はうわべに過ぎないということだ。朴氏はテレビでは派手な高層アパート、学校、少年宮殿、集団体操を見せているが、いざ、その中の人々は激甚な貧困と飢餓に喘いでいると話した。
朴氏は詩集の中の「救済米と言うな」に関する話をした。平壌のある区域の民防衛部で外貨稼ぎの後方事業をした朴氏の主要任務は、平壌に配当された救済米をドルで買い入れた後、地方へ持って行って売って、お金を工面するだった。そのお金で民防衛部所属の労働者らの食糧供給の責任を負うことだった。朴氏は救済米の商売が半分以上の利潤が儲かる商売といった。
地方の市場が平壌より思わしくないことは言うまでもなかった。コッチェビがうようよする地方の市場は、平壌で暮らしていた朴氏に、北朝鮮の現住所を改めて悟るようにしてくれた契機になったという。
「金正日一人のために数多くの人民が全滅している」と話す朴氏の声は激昂した。体制に対する北朝鮮住民の不満の程度が分かるかと聞くと、2004年頃からは親しい知人同士は用心深く話を交わすといった。普通の人々の間では、互いに感じを交わす程度で、まだ自由に思いを表わすことはできないと手振りをした。
[まっくらな北朝鮮の夜景・北朝鮮は平壌以外は闇であり、照明の電気もほとんどないことが分かる。宇宙からみた地球夜景(NASA)より]
世の中いろいろな問題がありますが、北朝鮮・人口2330万人の方たちはとくに深刻ですね。


