太史公曰く-桃李言わざれど 下自ら蹊を成す-
-李将軍列伝第四十九より-
I think; therefore I am!
by 酒匂貴市, Kiichi Sako
本文
太史公曰。
伝曰、
「其身正不令而行、
其身不正雖令不従。」
其李将軍之謂也。
余睹李将軍、悛悛如鄙人、
口不能道辞。
及死之日、
天下知与不知皆為尽哀。
彼其忠実心、誠信於士大夫也。
諺曰、
「桃李不言、下自成蹊。」
此言雖小、可以大也。 太史公曰はく。
伝に曰はく、
「其の身正しかれば令せずして行はれ、
其の身正しからざれば令すと雖も従はれず。」と。
其れ李将軍の謂ひなり。
余李将軍を睹るに、悛悛として鄙人のごとく、
口道辞する能はず。
死の日に及びて、
天下知ると知らざると皆為に哀しみを尽くせり。
彼の其の忠実心、誠に士大夫に信ぜられたるなり。
諺に曰はく、
「桃李言はざれど、下自ら蹊を成す。」
此の言小なりと雖も、以て大をふべきなり。
参考文献:史記二 明治書院
日本語訳/通釈
太史公言う。
伝に「その身が正しければ命令せずとも実行され、
その身が正しくなければ命令しても従われない」というのがある。
これは、李将軍のことを言っているようなものだ。
私が李将軍を見たところ、
慎み深く、田舎者のようで、
口は、うまく話すことができないようだった。
しかし、李将軍の死の日には、
天下、彼を知る者も知らない者も、皆強く悲しんだ。
彼の、その忠実な心は、本当に士大夫に信用されていたものだった。
諺に「桃やすももは何も言わないが、その下には、自然と小道ができる」というのがある。
この言葉そのものは、小さなことを言っているが、
大きなことをも喩えられる言葉でもあるのだ。
解説
★太史公曰。伝曰、「其身正不令而行、其身不正雖令不従。」
たいしこういはく。でんにいはく、「そのみただしかればれいせずしておこなはれ、そのみただしからざればれいすといへどもしたがはれず。」と。
「太史公」とは、司馬遷の自称である。
「雖(いへど-モ)」は逆接の意。
★其李将軍之謂也。余睹李将軍、悛悛如鄙人、口不能道辞。
それりしやうぐんのいひなり。よりしやうぐんをみるに、しゆんしゆんとしてひじんのごとく、くちだうじ(どうじ)するあたはず。
「睹」は"見る"。
「悛悛」は"慎み深いさま"。
「鄙」は"いなか"をあらわす。
「道辞」はいずれも"述べる"意。
★及死之日、天下知与不知皆為尽哀。彼其忠実心、誠信於士大夫也。
しのひにおよびて、てんかしるとしらざるとみなためにかなしみをつくせり。かれのそのちうじつしん、まことにしたいふにしんぜられたるなり。
「尽」は強調の意味の副詞であるが、訓読では動詞として読む。
「誠に」は"本当に"。
「於士大夫」の「於」は受身の対象を表している。
★諺曰、「桃李不言、下自成蹊。」此言雖小、可以大也。
ことわざにいはく、「たうりいはざれど、しもおのづからけいをなす。」このげんせう(しょう)なりといへども、もつてだいをたとふべきなり。
「桃李」は"ももとすもも"。
「蹊」は"小道"。
「自(おのづか-ラ)」は"自然に"。「自(みづか-ラ)」ならば"自分から"。
「」は「喩」に通じる。
「桃李言わざれど下自ら蹊を為す」というのは、
桃やすももは何も言わないが、その果実に誘われて人が集まってくるので、
その下には自然と小道ができる、ということである。
『史記』(しき)は、中国前漢の武帝の時代に司馬遷によって編纂された中国の歴史書である。正史の第一に数えられる。二十四史の一つ。計52万6千5百字。著者自身が名付けた書名は『太史公書』(たいしこうしょ)であるが、後世に『史記』と呼ばれるようになるとこれが一般的な書名とされるようになった。
紀元前91年完成。史記を出典とする故事成語
* 「王侯将相いずくんぞ種あらんや」
* 「唇破れて歯寒し」
* 「狡兎死して走狗煮られる」
* 「先んずれば人を制す」
* 「将に将たり」
* 「断じて行えば鬼神もこれを避く」
* 「智者も千慮必ず一失あり。愚者も千慮また一得あり」
* 「忠言耳に逆らい、良薬口に苦し」
* 「天道是か非か」
* 「桃李もの言わざれど下おのずから小径(こみち)をなす」
* 「謀(はかりごと)を帷幄(いあく)の中にめぐらし、勝ちを千里の外に決する」
* 「匹夫の勇、婦人の仁」
* 「寧ろ鶏口となるとも牛後となるなかれ」
* 臥薪嘗胆
* 管鮑の交わり
* 完璧
* 鴻門の会
* 国士無双
* 左担
* 屍を鞭打つ
* 鹿を馬となす(「馬鹿」の語源という説がある)
* 四面楚歌
* 酒池肉林
* 宋襄の仁
* 背水の陣
* 刎頚の友
今から2000年以上ものはるか昔の中国で書かれた古典ですが、しかも、日本の現代にも十分通用し、また、使われている言葉が多いですね。
史記は黄帝の時代から前漢の武帝までの、書かれた時から、約二千数百年前からの間の中国古代史なのです。ですから、今から4000年以上ものはるか昔からの中国の話なんですね。いい言葉は国境を超え、永く残るのですね。
とくに、ここでの武帝の時代の李将軍はとても多くの人民から信望のあった方だったそうです。
最近、中国のいろいろな古典を多く読み続けて、自分の生き方とかすこし解ってきたように思います。
