マクドナルドを作った男 レイ・A・クロック | 東京リーシングと土地活用戦記

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ニーチェ・ツァラトゥストラの言葉「神は死んだ、神なんかもう信じるな」「強い風が吹く所に一人で立て!そこは非常に厳しいけれど、人間自分自身が主人公だ!風を受けて孤独になれ!」「真理などない。あるのは解釈だけ」いいねー。スバム読者申請コメント削除します。



 カリフォルニアで評判を呼んだマクドナルド兄弟の個人経営のハンバーガーショップを、世界最大のフランチャイズ・チェーンに育てたレイ・A・クロック(1902~1984) 。52歳でチェーンの経営に乗り出した彼は「ここで失敗すれば、もう行き場はどこにもない」と固く決意したといいます。

 この当時、アメリカでハンバーガーと言えば、挽き肉に野菜クズなどをまぜた安手の食べ物というのが常識でした。そんな時代にクロックは「マクドナルドでは100%ビーフとする」と宣言します。しかも最高の味を提供するために、「飼料を指定し、肉の部位や規格まで特定する」という条件まで付けたのです。負担を強いられた牛肉の納入業者たちは「たかがハンバーガーに、どうしてこんな面倒なことをするのか」と強く反発。しかしクロックも後には引きません。彼は、厳密な上にも厳密な検査で対応し品質を守り抜く。この検査の費用だけでもたいへんな額にのぼり、当初は採算も合わなかったようです。しかし、このこだわりから、いつでもどこでも同じ品質を保証するハンバーガーチェーンが誕生したのです。(マクドナルド・ホームページより)


  写真・カリフォルニア・マクドナルドFC一号店

 今日、レイ・A・クロック著 成功はゴミ箱のなかに(プレジデント社)、を読みました。マクドナルドの歴史は、レイ・A・クロックが、なんと、私とおなじ年ですが、遅咲きとして独立し、シェイクを作る、マルチミキサーの販売会社の社長として、1954年52歳の時、カリフォルニア・ロスのマクドナルド兄弟にシェイクのミキサーを卸に行ったのがはじまりです。 

 レイ・A・クロックの信条、人は誰でも、幸福になる資格があり、幸福をつかむかどうかは自分次第。 チャンスは逃がすな!!!!

 



 人生には浮沈がある

 満ち潮は幸運へと導く

 逃がしてしまうと
 人生という航海は
 みじめな幕引きとなる

 いま、嵐の大海原に乗り出す我々
 見きわめを謝れば
 すべてを失ってしまうだろう

 「ジュリアス・シーザー」 シェイクスピア




 最近、経済環境のせいか、へこたれているひとが多いように感じます。
 へこたれずに頑張っていこうね!!!!!!!