==決断==ルビコンを渡る・ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー) | 東京リーシングと土地活用戦記

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 == ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)==

 ガリアの諸部族の粘り強い抵抗に苦しみながらも、8年にわたる戦役を制し、ついにカエサルは悲願のガリア征服を成し遂げる。しかしその間、紀元前53年、三頭政治の一角であるクラッススがパルティア王国攻略中に戦死。クラッスス、ポンペイウスとの三頭政治は崩れ、反旗を翻し続けるカエサルを追い落とすべく、元老院の謀略は苛烈を極める。「三頭政治」の一角は崩れ、カエサル打倒を誓う「元老院派」はこの機に乗じてポンペイウスの取り込む。新秩序樹立のためのカエサルの壮絶なる孤高の戦い。

 八年にわたるガリア戦役の終結。不安定なローマの情勢。そして、紀元前49年カエサルのガリア属州総督解任および本国召還を命じる「元老院最終通告」。ローマの軍団は、北はルビコン、南はブリンディシを前に解散しなければいけない。軍団を率いてのルビコン渡河は、法を犯すだけではないカエサルに従うのは1軍団のみ。ルビコン川を臨むカエサルはしばらく立ち止まり呟いた。「ここを超えれば、人間世界の悲惨。超えなければ、わが破滅。さあ進もう。神々の示現と卑劣な政敵が呼んでいる方へ。賽は投げられた。」カエサルの心中に去来するものとは何か。カエサルは「ルビコン」を渡ることを決意する。もはや、後に引き返すことはできない。賽は、投げられたのである。決断。長きにわたったガリア戦役も終わり、カエサルの時代が来るかと思いきや。優れすぎたた人間は周りから恨まれるのか。

 カエサルのルビコン越えを予測できなかったのか、ルビコン川を越えたカエサルの行動は迅速で、即日リミニ入城、アドリア海沿いにイタリア半島の制覇を目指す。対するポンペイウスは軍団編成もままならず、首都ローマを放棄。元老院のほとんどはギリシャへ逃亡。カエサルはイタリア全土を掌握したが、ローマ世界のほとんどはまだポンペイウス派であった。まず、カエサルはスペインを掌握するために出発。残りの地方を新鋭の部下たちにゆだねた。 ローマ世界を掌握したカエサルはローマが抱えていた問題に次々と道筋をつけた。しかし、そんな中、暗殺されてしまう。ローマ人の物語 塩野七生 著 他

 ジュリアス・シーザー (英語:Julius Caesar)、ガイウス・ユリウス・カエサル(ラテン語 : Gaius Iulius Caesar)(紀元前100年7月13日 - 紀元前44年3月15日)。
ガリアの戦いで勝利したローマ共和国の軍隊と政治指導者で文筆家でした。
カエサルは、ローマ世界の議論の余地のない支配者として名を残した内戦に勝ち、ローマ社会と政府の広範囲な改革を開始しました。彼は、共和国の独裁者として、当時にかなり弱っていて不安定な共和国政府を中央集権制にしました。元前44年3月のイデス(15日)の彼の劇的な暗殺は、ローマの共和国の黄昏になった内戦の第2段階になり、カエサルのシーザーの甥?子のカエサル・アウグストゥスが支配するローマ帝国の夜明けのきっかけになりました。

 三頭政治
 カエサルは、紀元前60年、ポンペイウス、クラッススと共に三頭政治を結成しました。民衆から絶大な支持を誇るカエサル、軍団総司令官として軍事力を背景に持つポンペイウス、経済力を有するクラッススの三者が手を組むことで、当時小カトーを中心に強大な権力を持っていた元老院に対抗できる勢力を形成し、この勢力を後ろ盾にしてカエサルは執政官当選を果しました。

 ガリア遠征
 ガリア戦記は、ガイウス・ユリウス・カエサルが自らの手で書き記したガリア戦争の遠征記録です。 指揮官カエサル自らが書いた本書は、簡潔、明晰かつ洗練された文体で文筆家カエサルの名を不朽のものとしました。

 イタリアのローマ、ミラノ、フィレンツェなども一度行ってみたいところです。それにしても、シーザー程はないですが人生迷うこと多々ありますね。でも、やっぱり決断は大切ですね。