(つづきfrom#12)
「心理学」はサイコロジー(psychology)あるいはメンタル・フィロソフィー(mental philosophy)の訳語。文字の表す通り「心の理(ことわり)に関する学問」といった意味です。19世紀中ごろまでは哲学の一分野として扱われていました。
ところで『FBI心理分析官』というタイトル、聞いたことあるでしょうか? 1994年にベストセラーになった本で、著者のロバート・K・レスラーはFBI行動科学課の主任プロファイラー。異常殺人者たちとの面接と心理分析を行い、プロファイリング技術を確立し、数々の事件解決に貢献した人物とのこと。FBIでの心理分析やプロファイリングの部署は、「FBI行動科学課」って名称なんですね。
これ、「FBI心理学課」だとダサいから? ではなく、アメリカでは1950年代ごろに「心理学は行動の科学だ」という行動主義のブームがあり、ある研究者が政府・企業から研究費を引っぱるのに、新しい名前「行動科学(behavioral sciences)」という言葉を使い始め、広まったのだとか。日本でも心理学科ではなく行動科学科を設置する大学が生まれました。そこでは、心理学だけでなく社会学・生物学・人類学・政治学・経済学・数学など学際的総合的に行動を科学する! のだそうです。(でも70年代には認知心理学・認知科学が主流になり、行動科学ブームは下火になっていきます)
ブームが下火になったとはいえ、現在でも医療やビジネスの分野では「行動科学」という言葉はウケがいいように思います。私見ですが、心理学というと無意識など客観的に測定できないものを扱うイメージがある一方で、行動科学という言葉はエビデンスに基づく科学的アプローチというイメージが強いように思います。もともと心理学を含めた学際的な学問を「行動科学」と呼んだのですが、その2つが同じような意味合いで使われることもあります。心理学に興味のある方は、「行動科学」というワードも何か検索するとき使ってみると良いかもしれませんね。
さて、心理カウンセリングなど人の「心理に関する支援」をするとき、「行動」に注目することはとても大切です。私たちは自分の心の状態について説明できないこともあれば、自分で気づかないまま「ぜんぜん悲しくない」など誤魔化してしまうこともあります。誰かが他の人の心に直接アクセスすることもできません。しかし、心の状態のあらわれと考えられる「行動」は、第三者が観察することもできます。
たとえば、反省して「心を入れかえる」ことができたかどうか。本人が入れかわったと本気で感じていようが、行動に変化がないなら「変わらないじゃないか」と言われてしまいます。あるいは逆に、その人自身は心根・根性・性根までは変われていないと思っていても、表面的な行動を変えることができていたら、まわりの人は「あの人、変わったね」と言うでしょう。人は、その本人が言うことだけでなく、実際にやっていること(行動)を見て、その人の心の状態を評価するんですね。(もちろんそうじゃないこともありますが)
心理学者のジェームズとランゲは、「人は悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しいのだ」という説を唱えました。一見、常識に反しているようですが、人は悲しいときに下を向きがちかもしれませんが、上を向いて歩けば気持ちも上向きになるものです。まず心があって行動になるだけでなく、行動に心が引っ張られることもみんな経験していますね。
心理学は、人の心理面ばかりでなく「行動」にも注目することが大切で、「行動科学」という言い方をすることもあるんですよ、というお話でした。
(つづくto#14)
