神武東征と出雲神話 | きまぐれさとみの気まぐれ日常スタイル

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日常を気まぐれに思いついたことをいろいろ書いてゆきます。春と夏には「風のように旅する男」の本領発揮…てな旅日記を入れたり…時々聖書や聖クルアーンに書かれていることに近いこと書くかも。

イザヤが南ユダ王国の生き残った信仰と真理に生きる人たちを安全な場所に導いて、沖縄に滞留したとすれば、その後の行動から、神武東征の謎と出雲神話を紐付けして解くことができると思う。

大八島とは
国生み神話では大きな8つの島から始まったとされる。そして、その緯度はべエル・シェバとハランの間に位置する。

神武東征は高千穂から始まり、出雲神話は船通山に天下ったことが伝えられている。もし、沖縄から本土に上陸する地点が二カ所なら二手に分かれたものと思われる。一つは南西諸島沿いに進んで行くルート、もう一つは大陸沿岸沿いを進んで行くルート。

カム・ヤマト・イワレ・ビコとイザヤ夫妻は南西諸島沿いに進み、シェアル・ヤシュブとマヘル・シャラル・ハシ・バズは大陸沿岸沿いを進んで行ったのではないだろうか。そうして、上陸してすぐ、近くの山に登り、新しい出発を祈念し祝ったと考えられる。

神武東征の謎
神武東征のルートを見るとおかしなことに気づく。日向から橿原の地に行くには関門海峡を渡り、山陽地方をそのまま東へ進めば着くし、国東半島から四国に渡って進むルートもある。

関門海峡を渡り、山陽地方を東に行った後、四国に渡り、そこから熊野に再上陸し、紀伊半島の山中を進んで行くと言うのは不自然と言える。モーセがイスラエルの民をカナンの地に携える記述をかぶせて、イスラエルから日本に渡った史実を隠したとも言われるが、イザヤが民を率いて来たことを前提にすると別の説がたてられる。

山陽地方を東に向かった途中でイザヤ夫妻はシェアル・ヤシュブとマヘル・シャラル・ハシ・バズに合流するために山陰に向かったのではないか。また、レビびとは聖なる山を探すために四国に渡り剣山へ向かった。レビびとと別れたカム・ヤマト・イワレ・ビコ一行は新しいエルサレムの場所を探し、対岸の最南端から位置を探りつつ進んだのではないだろうか。

出雲神話に見られる不思議
なぜ、シェアル・ヤシュブとマヘル・シャラル・ハシ・バズが大陸沿岸沿いを進んだのか?素戔嗚尊は乱暴な神として知られている。また、マヘル・シャラル・ハシ・バズの意味もそう言った意味があるので、敵から身を守るには乱暴な指導者が必要だったのかもしれない。

出雲に上陸し、船通山で新しい出発を祈念し祝ったのち、三刀屋に集落を作ったと思う。そこにイザヤ夫妻が合流し、新たな国づくりが始まったと言える。おそらく、合流した時点でイザヤ夫妻はかなりの高齢で、すぐに惜しまれつつ亡くなり、洞窟に丁寧に葬られたのかもしれない。

無事に航海を終えたものの居場所を知られて攻撃を受けた時、素戔嗚尊が船をバラバラに破壊した時に出てきたのが草薙の剣と言うわけで、おそらく、この船は邪悪なものだったから、悪魔サタンを表す大いなる龍の形として語り継がれたのではと思う。

月読尊がシェアル・ヤシュブ素戔嗚尊がマヘル・シャラル・ハシ・バズとすれば、天照大御神は?ということになる。ここにイザヤが仕組んだトリックによって、福音を受け入れやすくしているのかも知れない。

天照というのは、天を照らすすなわち太陽や星をはるかに超える光という意味があると思う。この名前に仕組まれたトリックが、イエス・キリストの福音を正確に理解できる鍵となっているのかもしれない。

また、イザヤは幻の中とはいえ神を実際に見ているわけだし、イエスの誕生から宣教、殉教まで預言しているわけだから、その日に備えるよう、言い伝えを残したのだと思う。そして、秦氏が福音を伝えた時に、真理の教えが完成されたということだ。