職場の人から、
「妄想」と「瞑想」の違いについて尋ねられた。
シンプルに言えば、
そこに思考があるか、ないか、ではないだろうか。
考えるから、妄想であって、
考えないから、瞑想である。
「瞑」を訓読みすると「くらい、つぶる」である。
そこに、何もないと解釈できるのかもしれない。
妄想を少し違った視点から観てみよう。
妄想する場合は、今・ここの現在からさかのぼって過去を妄想する人はそう居ないと思う。
だいたいが未来について妄想しているわけだ。
楽しいことやハッピーなことを妄想するのは全然OKだと思う。
問題となるのは、妄想によって未来が不安や恐怖なものだと思ってしまう場合だ。
この場合、妄想することによって、莫大なエネルギーを消耗してしまう。
そして妄想とはイメージである。
起きてもいないことを勝手にイメージして、未来に不安を抱いたり、恐れを抱いたりする。
それによってエネルギーを消耗して、今・ここの現実すら上手く過ごせない。
では、そんな妄想というイメージは何からできているのか?
それは「記憶」からできています。
過去に体験した出来事にビリーフを貼り付け、記憶として自分のハードディスクにしまいこみ、
意識的、あるいは無意識的に記憶の再編集をおこない、妄想を創り上げている。
瞑想は、そういった記憶から切り離す為のひとつの手段なのである。