一生勉強!-豊かな人生を送ろう

一生勉強!-豊かな人生を送ろう

このブログでは、

普段自分の感じていること、考えていること、

自分の想いなんかを書こうと思います。

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今度の日曜に市議会議員選挙があります。

それに向けて選挙活動してる方、最近はよく見かけます。

僕が通勤で使っている最寄り駅にはいつも誰かしら立っている。

寒い中、大変そうですよ。
その中の一人に無所属の新井よしなおさんという方がいます。

よくいるので、さすがに覚えました。僕はこの人に入れます。それはこの人が僕の考え方を変えたから。

今の世の中、全くよくならないし、せっかく政権交代したのにトップ2が問題だしね。

政治不信が続きます。
僕も政治なんて信用してません。

政権交代した時は世の中を変えるための一票をみんな投じたはずだ。なのにこの有り様。

投票なんて意味ないんだと思うようになってしまいました。

僕は今でも政治に期待してません。

でも新井さんを見ていて、どうせならこういう人に政治活動して欲しいと思いました。

こういう人に政治活動してもらうための一票なら意味があるかなと思いました。
なんとも消極的な一票だと感じる方もいらっしゃるでしょうが、そう思えた時、なんかスッキリしたんですよね。


こんな小さな一票が積み重なって世の中よくなればいいね~。
ソースコードを形容する際に「美しい」という言葉を使うことがある。

人によって基準は様々だと思うが、一つの基準として「いかにシンプルであるか」ということが挙げられると思う。

言い換えればそれは「いかに無駄がないか」ということでもある。


ソースだけでなく、文章においても、極めている人のそれは意外とシンプルである。また、芸術・料理などにも同じことが言える。

シンプルと言っても決して貧弱ではなく、一切の無駄を省いた姿は堂々として潔く、そして美しい。


こんなソース・文章を書きたいと思いながらも、ついつい無駄なものを付け足してしまい、自分の未熟さを感じる毎日である。


でも達人と言われる人達はきっと今の自分の何倍も無駄を繰り返してきたような気がする。

何度も無駄を繰り返すうちに余計なものがそげおち、美しいほどのシンプルさになっていったのだろう。

だからこそ堂々としている。無駄をわかった上での自信なのだ。


僕が美しいソースを書くには、まだまだ無駄なことを繰り返してしまうだろうが、いつかは美しいと言われる境地に達したいと思う。

先日、フジテレビで、

「世界でもっとも平均寿命の低い国」といわれる

シエラレオネ共和国 の特集番組を

やっていました。


その国の貧困状況は、

どうやって言い表したらわからないほどひどく、


医療設備は全く整っておらず、
日々、病気で小さな子供が亡くなることは

珍しくないという状況でした。


また、学校に通えない子供も多かった。


フジテレビは、一人の男の子を取材していたのだが、

その子は、お金がなくて学校に通えなくなってしまった

子だった。


前の年までは、学校で成績トップで、

彼自身、勉強がとても好きなのである。


今は働いているので、合間の時間に勉強をしている。

夜もわずかな光を使って、なんとか手に入れた本を

読んでいる。


勉強が好きというより、勉強に飢えているように感じた。


こんなにも勉強したい子ができないのは

悲しすぎる。勉強できる状況にいるのにしない子は

たくさんいるのに。


僕は勉強が好きだし、仕事柄、勉強は必須である。

だが、その勉強ができるという状況に

もっとありがたみを感じなくてはいけないと思った。


勉強ができることは幸せなことなのである。



クリックで救える命がある。

最近、舛添さんが
派遣村にいた人達を「怠け者」と言って批判をあびたが、

彼の言葉はあながち
間違いではないと思う。

世の中に一生懸命に職を探している方が多いのはわかる。

だが、一方で死ぬ気で探す気のない人が多いのも事実だ。

世の中に仕事はある。
選ばなければ、くさるほどある。でなきゃ、毎週求人誌がでるわけない。

辛いかもしれないが、

選んでる場合か!

リストラされた会社に文句いってる場合か!

だいたいその会社に訴訟起こして勝った後、気持ち良く仕事できるのか?

僕は、ツラい仕事、惨めな仕事もしてきたし、

知り合いには仕事を選ばずに頑張って家族を守っている人もいる。

だから派遣村の人達は、
全員とは言わないが甘ったれてると思う。

あの中には
「無断欠勤したらクビにされた」と怒ってる人もいるのだ。

そんな怠け者のために
税金が使われるのは腹立たしい。

舛添さんの発言はまずかったかもしれないが、あながち間違ってはいないのだ。



クリックで救える命がある。



「最近の若い者は~」


という言葉は、今や滑稽な響きのある言葉になりつつある。


それは若者が変わったからではない。


中高年がひどくなっている。
いや正確に言えば、そういう人達が増えたということです。


いまや、街、電車内、店などで、
マナーの悪さが目立つのは中高年の方が多い。




自分さえよければ良いと
言わんばかりの行動で
あふれている。


そういった若者も確かに多い。
だが若者は若さゆえに許される範囲がある。


しかし中高年になってまで、
治らないのでは恥の極みと言わざるを得ない。


そんな人達に限って「最近の若い者は~」と言うのだから、
やはり滑稽である。



そもそも僕は、
この言葉が好きではない。

中高年でも軽蔑に値する人はいるし、自分より随分年下の人を尊敬したりもする。


年齢で一くくりにして、
優劣を決めるようで、
しっくりこない。


今の若者の中で、
素晴らしい人はたくさんいる。


「最近の若い者は~」

なんて言葉は、もう死語になってもいいだろう。



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