◎WMC-096.アルマトイ(カザフスタン) | 名人塾2

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アルマトイ




位置



都市名:アルマトイ(カザフスタン)
人口:114(万)
順位(人口ランキング):144位

アルマトイ(英: Almaty)は、カザフスタンの南東部にある都市。カザフスタンの経済、教育、文化の中心地であり、「南の首都」とも呼ばれる。

キルギス共和国および中国との国境に近い風光明媚な街。中央アジア最高水準の世界都市であり、1998年まで同国の首都であった。2002年まではアルマトイ州の州都であったが、2003年に州都の地位をタルディコルガンに譲り、政令指定地区とされた。カザフ国立大学をはじめ多くの高等教育機関、政府機関などがある。2014年10月当時の人口は約1,530,000人、カザフスタン最大の人口を有する同国唯一の百万都市である。
1991年にソビエト連邦を解体し、独立国家共同体を始動した協定はここアルマトイで調印された。遷都後の現在でもアルマトイはカザフスタンで最大の都市であり、商工業・文化の中心都市である。
第二次世界大戦中、アルマ・アタには戦火を逃れるために工場や病院、大学、映画撮影所などがヨーロッパ・ロシアから続々と疎開してきた。ソ連の映画撮影所モスフィルムとレンフィルムが移転したアルマ・アタに中央合同劇映画製作所が発足、当時のソ連製映画の約8割がアルマ・アタで制作された。アルマ・アタで映画技法を学んだ人物の中から、中央アジアの映画界で活躍する人材が多く現れた。戦後には日本兵捕虜の収容所が設置され、科学アカデミーや発電所の建設に使役された。市内には日本兵捕虜が葬られた墓地が3か所存在する。

主な観光地:
・28人のパンフィロフ戦士公園 - 第二次世界大戦の対ドイツ戦でモスクワ防衛に参加して戦死したパンフィロフ将軍と彼が率いた兵士を記念して造られた公園。アルマトイでの結婚式の当日、花嫁と花婿は公園の戦勝記念碑に花を捧げ、記念撮影を行うことが多い[39]。中央には1904年に完成したゼンコフ正教教会がそびえる。
・国家中央博物館 - 約90,000点の展示物を所蔵する[30]。イッシク古墳から出土した「黄金人間」のレプリカ、石人などが展示されている。
・国立カステエフ記念美術館 - 主に現代のカザフ人芸術家の作品を展示している。
・カザフ民族楽器博物館
・アルマトイ動物園
・中央バザール



カザフスタンのアルマティで遊んできた