ゲノムサイズと発生様式の間に見出された一つの規則、そして、幼生転移への希望 | 赤ちゃんわんこの超かわいいこいぬさん、大学時代の卒業論文を掲載!!

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2024年8月31日ブログ定期更新終了。不定期の更新は続ける方針です。

 

非公式の卒業論文の本論第6章でも述べているが、変態を行わない動物の方が、変態を行う動物よりもゲノムサイズ、いわゆるC値が大きくなるというのである。過去記事を以下に示す。

 

 

 

ドナルド・ウィリアムソン博士はこのC値を、非コード配列を含んでいるとして好まなかったが、私自身は、生物・生命の解析においては、以前、マイクロRNAについて、同じく粗視的な見方で面白い知見を見つけたこともあり(過去記事については以下のリンクを参照)、粗視的な見方ならではの新しい発見もあると考えるので、これについて取り上げてみたい。

 

 

2021年にイタリアと中国香港の研究チームによる論文で、このことを改めて認識した。この論文では、甲殻類の十脚目のゲノムデータを比較解析して書かれたものだが、カニやヤドカリを含む十脚目でも、ゲノムサイズは直接発生>間接発生、という結果になったことを述べている。そして、2002年に書かれた論文を引用して、後生動物においては、おおむねこの傾向が見られるとしている。昆虫類(不完全変態>完全変態)、(系統はいきなり離れるが)無顎類(ヌタウナギ>ヤツメウナギ)、および両生類(サンショウウオ>カエル)というゲノムサイズの明らかな差異があるのだという。幼生段階があるということは、変態も含め多くの発生段階があるため、その分だけ正確な細胞分裂や細胞分化がなされないといけないので、ゲノムサイズを小さめに維持しないと遂行できないのではないか、と考えられているようである。

 

しかし、幼生に特異的に発現する遺伝子がなければ、幼生世代の確立はいかなる動物でもなし得ないはずである。雑種形成をもたらした自然環境があり、受精後の個体発生の進行(胚発生・孵化後の幼生・変態過程・稚体そして成体への成長)がある。それゆえ、後者の場合、雑種形成実験により、博士は新規の個体発生に出会うことができたのである。

 

 

 

 

前者・後者のいずれについても共通して貢献するだろうと想像しているメカニズムを、ここであげてみたい。今まで散々文献を引用しながら妄想してきておいて、ここでもまた妄想になるが、私なりの幼生転移への希望である。(過去の妄想については以下の記事を参照)

 

 

(A) 遺伝的基盤の共通性:変態に関与する内分泌系や形態形成の遺伝子レベルの基盤は後生動物ではほぼ共通していると考える。関連する過去記事も示す。

 

 

 

 

(B) 酸性の水環境:受精膜による異系統同士の受精を妨げる受精膜の除去が起こり、通常起こり得ないこの受精が起こりやすくなる。関連する過去記事も示す。

 

 

(C) Hsp90の機能減衰:低温などの環境刺激により、Hsp90が本来の個体変異の抑制をしきれなくなる。個体変異が出やすくなり、形態の多様化の一助になる。関連する過去記事も示す。

 

 

(D)新規遺伝子の獲得:交雑により異系統の遺伝子を獲得する。他には、交雑は貢献しなかったが、受精膜の除去でウイルスや転移因子など利己的な遺伝因子の感染による遺伝子の水平移動が起こった。また、交雑の出来事が刺激になり、交雑の成功・失敗(単為生殖に相当)にかかわらず、de novo 突然変異による機能のある遺伝子が出現した(調節領域の活性化でもよいし、塩基配列の変化によるフレームシフト解消など、経緯は様々であろうと思う)。先祖返りのような祖先の遺伝情報の復活や、交雑に伴う遺伝情報の重複についても、これに含めたい。関連する過去記事も示す。

 

 

 

 

de novo突然変異による新規の遺伝子誕生については、腫瘍の分野では既に指摘されている。進化的に歴史の浅い臓器である前立腺・脳・乳腺・脂肪では新規に遺伝子が発生しやすく、そのような遺伝子が腫瘍形成に関わっているのだという。人間以外の後生動物においても、非コード配列より新規に生まれたクレード特異的な数多くの遺伝子の発見についても報告がある。いずれも英語論文の参考文献をあげておく。また、関連する過去記事も示す。

 

 

 

(E)  既成の遺伝子発現の変更:発生システム浮動(DSD : Developmental System Drift)というもので、解剖学的基本パターンを変えることなく、用いられる発生機構や遺伝子セットが変更する現象なのだという。私自身は有用な英語文献を見つけることが出来なかったが、日本語では、倉谷滋博士の手による「新版動物進化形態学」p.359では、面白い考察があった。アフリカツメガエルその他の無尾両生類では、舌顎軟骨が幼生期には現れず、変態期になって初めて出現するが、これについて著者は、「舌顎軟骨の発生はおそらくHoxコードといくぶん乖離しており、変態期の形態形成機構とリンクしているらしい...成体の解剖学的パターンとしては舌顎軟骨なのだが、胚発生においては、他の脊椎動物とは別の神経堤細胞集団に由来するようである...DSDは、幼生期の挿入や、変態機構にも用いられている」と考えている。関連すると思われる過去記事を示す。

 

 

 

 

非公式の卒業論文の補遺において、軟甲類のノープリウス幼生の問題については、筋肉関連遺伝子の発現時期の違いのみで、ノープリウス幼生の有無が別れるというユニークな考えが、ドイツのグループより、2015年のEvoDevoという専門誌に提案されている。彼等は、遺伝子レベルのヘテロクロニーが起こっている、と説明している知見も、追記しておきたい。

 

 

 

(F)  ゲノムサイズの縮小:間接発生>直接発生という後生動物でおおむね見られる規則より、ゲノムサイズの消失は幼生世代の確立に何らかの貢献をしていると想像する。おそらく、(A)に加えて、(B)~(D)の過程の全て、または、いずれかが達成されて後に、世代を経てゲノムサイズは小型化されていくのかもしれない。逆に、動物によっては、間接発生➡直接発生への進化を辿った場合もあると思うが、ゲノムサイズは逆に大型化されていくことになるが、この場合はどのようなメカニズムが働くのだろうか。想像もつかない。幼生世代の機能が不活性化するか喪失するのだから、直感的にはゲノムサイズが小型化するように思えるのに、大型化するのだから。

 

「非公式の卒業論文とその周辺の備忘録」は、今回で40回目になる。非公式の卒業論文の本論も40回で終わっているため、数字として丁度良いと思う。しかし、心を動かされる知見に遭遇した場合は、別途、新規にカテゴリーを作成し、記事をまとめることとしたい。

 

 

使用文献

Ecological, physiological and life-history traits correlate with genome sizes in decapod crustaceans Alesso Inannucciら著 Frontiers in Ecology and Evolution 04 August 2022

新版動物進化形態学 倉谷滋著 東京大学出版会 2017年

 

参考文献

Genome size and developmental complexity T.Ryan Gregory著 Genetica 115 : 131-146, 2002

Mammalian tumor-like organs. 1 & 2(2点の文献があります) A.P.Kozlov著 Infectious Agents and Cancer 17:2(part 1)および17:15(part 2) 2022年

Clade-specific genes and the evolutionary origin of novelty; new tools in the toolkit Longjun Wuら著 Seminars in Cell & Developmental Biology Volume 145, August 2023, pages 52-59