原始的な環形動物多毛類の機能ゲノム解析から考えられた「頭部幼生」の発明過程 | 赤ちゃんわんこの超かわいいこいぬさん、大学時代の卒業論文を掲載!!

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2024年8月31日ブログ定期更新終了。不定期の更新は続ける方針です。

 

上記リブログ元で査読前論文として掲載された件だが、厳しい査読を経て、晴れてNature誌に掲載された。多国籍の研究チームが、環形動物多毛類の胴体形成に着目し、この過程で起こるヘテロクロニーが幼生の多様化と左右相称動物の生活環を担っていることを、精細なデータ解析を駆使して考察している。

 

 

環形動物多毛類Oweniidae亜綱のミトラリア幼生は、トロコフォア幼生の次の段階になり、輪状に生えた多くの繊毛の他、針金のような長い繊毛が印象的だが、環形動物の中でも祖先的とされる特徴が多いとされ、幼生の進化の研究に適している。

今回用いたOwenida fusiformis(以降O.と記載)では、遺伝子ファミリーの獲得・喪失が他の環形動物より少ないこと、他の環形動物では失われたオーソログを持つこと、軟体・紐形動物に見られる染色体の融合が見られること、また、他の環形動物に特異的な染色体の再編成が少ないことがわかった。O.は、他の環形動物よりも完全な遺伝子のレパートリーと祖先的な染色体構成を持っている。

 

転写産物のパターンの違いを、O.(摂食型の幼生を持つ間接発生)とCapitella teleta(以降C.と記載。非摂食型の幼生を持つ間接発生)およびDimorphilus gyrociliatus(以降D.と記載。直接発生のため幼生を持たない)で比較した。三者とも発生様式の違いにかかわらず初期発生では違いが見られなかったが、C.およびD.では成体へと進むにつれて転写産物の多様化が見られた。一方、O.では、ミトラリア幼生の時期でこの多様化が最大になった。転写産物の種類が、成体と幼生では明らかに異なると思われる。

また、C.およびO.では、幼生期の後で発現する転写因子がD.では胚発生で発現するという時間的なシフトが見られた。制御遺伝子のヘテロクロニーが生活環および幼生の違いを生むのかもしれない。

 

形態形成を担当するHox遺伝子の胴体での発現時期を、前述の三者で比較した。C.およびD.では原腸胚の後すぐに発現が始まるが、O.では胚発生でこの発現が見られなかった。Hox遺伝子の胴体での発現時期は、生活観の違いで異なるようである。

Hox遺伝子の発現時期を更に調べていくと、O.では体の前部で発現する遺伝子は胚発生の時期に発現し、胴体で発現する遺伝子はミトラリア幼生の時期に発現していた。それに対し、C.およびD.では胴体で発現する遺伝子は原腸胚の後すぐに発現が上昇していた。胴体の発生開始の時期は、摂食型の幼生を持つ間接発生では、非摂食型の幼生をもつ間接発生や直接発生よりも遅くなり、変態前の時期になる。

 

このヘテロクロニーの仕組みを知るため、O.とC.のオープンクロマチン領域を解析した。O.では胴体形成より前の時期にオープンクロマチン上の大部分の制御領域が働いているが、C.では胴体形成の前および後の時期にこの傾向が見られた。また、アクセス可能なオープンクロマチンの領域が最大になるのは、O.ではミトラリア幼生であり、C.ではステージ5幼生だった。発生様式が異なると、個体発生と幼生の形作りで、クロマチンのアクセス可能な領域に違いが生じるようである。

更に、この発生調節の制御プログラムを見るべく、転写因子結合モチーフを調べた。Hox遺伝子を制御する上流の制御因子の働く時期に、時間的なシフトが見られた。O.ではコンピテント幼生が働くが、C.では原腸胚後の幼生(ステージ4tt)で働いていた。このシフトが、摂食および非摂食の幼生で生じる胴体の発生・形態上の違いを作り出しているのだろう。

 

起源の古い、および、新しい遺伝子の発生段階ごとの発現時期を調べたところ、後生動物およびそれ以前まで起源の遡る古い遺伝子は初期発生で発現するが、起源の新しい遺伝子はコンピテント幼生(ミトラリア幼生の次の発生段階になる)や稚体で発現していた。後者において、種特異的な遺伝子は、O.およびD.では稚体での発現が目立ち、C.では嚢胚期および原腸胚期で発現が見られた。進化的な起源の異なる遺伝子が、幼生の発生に寄与していると思われる。また、冠輪動物の幼生の中には、新しい遺伝子の作用が増えて、系統に特異的な幼生の進化を成し遂げたものがいるのかもしれない。

 

O.と環形動物以外の動物で、各発生時期における転写パターンの比較を実施した。ほとんどの動物では、稚体・成体よりも初期発生で転写パターンの類似性が低かった。O.は、その幼生期において、遊泳する幼生やプラヌラ幼生を持つ左右相称動物と比較して、転写産物の類似性は最大だった(ただし、O.とD.の比較では、O.のミトラリア幼生の時期で、この類似性が最も低かった)。この結果は、後生動物の幼生に共通した構造や環境適応への必要性を反映しているのではないかと思われる。系統的に離れた幼生同志で転写レベルや遺伝子制御に類似性が見られたのは、想定外のことであった。

 

考察になる。O.に見られた胴体形成が幼生期より後に遅延する現象は、「頭部幼生」に一般的である。この幼生は、摂食型の幼生を持つ他の環形動物のみならず、螺旋卵割動物・脱皮動物・新口動物に属する動物で見られる。

C.およびD.のように、非摂食型の幼生を持つ間接発生や幼生を持たない直接発生の動物では、原腸形成の前に胴体形成および体の前部・頭部の形成が始まる。この胴体形成のヘテロクロニーは生活環の違いに関係していると思われる。

左右相称動物の「頭部幼生」は胴体形成およびHox遺伝子発現の遅延により、間接発生の進化に関わる、系統特異的な発明といえるのではないか。

 

本論文では、頭部幼生の発明に至る分子メカニズムを膨大なデータを精細に解析して考察しており、一貫して取り上げられているのが、胴体形成の時期にずれが生じた、という点である。ただし、原腸胚の後➡変態前(直接発生・非摂食型の幼生を持つ間接発生が歴史的に先)なのか、変態前➡原腸胚の後(摂食型の幼生を持つ間接発生が歴史的に先)なのか、については、明らかにはされなかった。頭部幼生の概念は、ストラスマン博士が示している(以下リンク参照)だが、この論文でも頭部幼生の発生について、発生様式の起源は考察されなかった。

発生過程の時期的なずれは遺伝子レベルのヘテロクロニーによる、とする考え方は、非公式の卒業論文の補遺:ノープリウス幼生に関して、で紹介している。軟甲類のノープリウス幼生の問題については、筋肉関連遺伝子の発現時期の違いのみで、ノープリウス幼生の有無が別れるというものだった。今回の論文では、幼生の進化については頭部幼生に該当する幼生の出現に至った至近要因に留まっているが、データ解析の情報元も手法も異なる両者で、ヘテロクロニーの指摘が挙げられているのは、個人的には興味深かった。

一つだけ残念だったのは、起源の新しい遺伝子に関して、発現時期のみならず、分子系統学的な解析の結果が見られなかったことであった。幼生転移仮説を思い起こさせるような結果があれば直良い、と個人的に思った次第である。

 

 

頭部幼生に関して

 

補遺:ノープリウス幼生に関して

 

 

 

使用文献

Annelid functional genomics reveal the origins of bilaterian life cycles Fransisco M. Martin-Zamora他著 Nature Vol.615 2 March 2023