今日はお休み気分。
姉が買ってくれた歌舞伎座の靴下。クールね。

ランチは主人が作った。
サラダにはフェタチーズでドレッシングを作ってた。
チキンはタバスコとタイムハーブで味付け。いつもながらマメだな..と感心。ナイフとフォーク

明日、日本での不妊治療をサポートしてくれているマレーシアの医師に内診の為会うので、その時にマレーシアでの卵子提供の状況など聞いてみるつもり。
15カ所くらい卵子提供している所に伺いのメールを出してあり それらからの返事も込めて 近くアップします。



採卵が不発に終わった時、ドクターに
まだやれますか?
と聞いてみた。
「7日まで持たなかったけど,あんなに注射を打ち込んでも胚盤胞まで一つ育ってるから あなたに合ったやり方ならうまく行くと思う。まだやれます。」
と。
毎回スケジュールに間に合う様に 嫌々注射を投入してきたドクターでしたが、やはり違う方法を試す必要が有りそう。
ドクター AMH調べて頂けますか?
「うん、調べたかったら調べるよ。でも数字が低くて残卵胞が少ないとなったところで その中に強い卵が一個あればいいんだから 私は必要ないと思うけれど。」

納得。AMH必要なし。

海外で頻繁に聞くPGD.
日本では条件に合わないと検査をしない様だが海外ではよく聞く。
私達も興味が有りマレーシアでドクターに聞いたことがあった。
「PGDはやると好いけれど、あなた達のケースは4分割の受精卵が限界だから PGDはやれないよ。」
と。
そうだった。忘れていた...

アメリカでIVFした方は 20個以上の胚盤胞にPGD検査をしたら4個しか残らなかった、と。
それを聞いたときに やりたくないな... 一個も残らないだろうな.. と思った。
6年も不妊治療をしていると、
仕事を辞めないから子供出来ないんだよ
と言われることがある。
鍼の方やリフレクソロジーの人などに言われるとそんな気もしてくる。

でも実際に辞めて不妊治療に専念して結局諦めた人も見て来た。
その人はとても憔悴し切っていて、自分がそうなるのは危ない気さえする。
妊娠が分かった時点で1年休暇をもらった友達は,3度の流産の末 出産までこぎ着けた。

移植後の過ごし方が悪いのでは...と、マレーシアでは絶対安静を心がけ 最初の一週間以上はおしっこもベッドの上でしていた。(主人が入れ物を持って来たり尿を捨てたりしてくれてた)
それでも妊娠せず。
日本で治療を始めて、移植の2日後には国際線の飛行機に乗って しっかり妊娠した。
その後 赤ちゃんの心拍が止まってしまい流産とはなったが。

日本に居続けなかったから流産したんだよ、とか
仕事に復帰したから流産したんだよ、とか言われたので、
次の移植のときは日本に居続けてみた。
それでも9週で心拍が又止まり流産になった。
日本を出ちゃったから流産したんじゃないし仕事に復帰したから流産したのでもない。
その時
やっぱり卵の生命力か と、色々な所に書かれているその事実を実感した。

仕事辞めて集中妊活してみなよ。そしたらダメでも納得出来るじゃない?
と言われたが、それは私には逆効果で辞めてまでしてダメだったらもう私は救えない位落ち込んでしまうだろう。そのあと仕事も無くどうしていったらいいのか。
又別の所に就職すれば?という種類の職業では無いから 一度辞めたらその職場には戻れない。
そして実際に仕事をしながら妊娠をしてきたりしているわけで、そして
辞めてしまったら主人の収入のみで飛行機や治療費を払っていく事になる訳で....
その気持ちの負荷の方がずっと大きい。

仕事をしていると気持ちとかそういうエネルギーが他に奪われてしまって、
あなたのおなかの準備がいつまで経っても出来ないから、そういう時 異物を吐き出す自然の摂理が人間の身体には有るから、しっかり辞めて専念してみなよ。と言われて、
確かにそうかもな、と思い、夫婦で話し合った。

主人の母は(ちなみに主人は東欧の人)とてもチャーミングな愛情にあふれた女性だったけど、3年前に他界した。主人の実際の父は、離婚していて亡き母の割とすぐに住んでいるが、元妻や主人(自分の息子)には会う事もなく、余り自慢出来る生き方をしていない。ので、主人は実の父を尊敬していない。
母が再婚した男性は暖かい素敵な方だったが30代で亡くなっている。その養父の子が主人の妹として存在する。

あんなに暖かい人だったけれど、本当は僕のことを嫌いだったんじゃないか とか
妹が出来てから僕は家に帰るのが内心では苦痛だった とか言っていて そういう夢も未だに見るらしい。
そんな話を聞いて、そのあと卵子提供や養子の話、仕事を辞めて専念してみるか の話をしたのだけれど、仕事を辞めたりせずに今出来る事をしていきながら、もし結果できなければ二人の人生で好いのではないか、と行き着いた。
私個人ではまだ卵子提供への未練が有るし、気持ちにブレが無くなったらまた話し合うと思う。
主人のDNAが欲しいからね、やっぱり。
ただまだ自分の卵子を諦める段階には来ていない。でもすごく近いところまで来てるのは事実。
今回は傷ついた言葉も記そうと思う。

● ママ友がさぁ
● 親になってみて初めて分かった( IVF経験者から言われた )
● 兄弟は? 姉がいます。
  お姉さんにお子さんは? います。じゃぁ大丈夫ね。お孫さん居るのだから。
● 流産しやすいならおなか貸すよ! 私 妊娠の状態大好きだもん。
● 子供が出来ればあなたにも理解できる
● 私も流産ぽい事有ったから分かるんだ。すごい出血だよね~


流産は「ぽい」ものではない。ハッキリとモニターで見えていた胎のうが出て来るのだから。
あの経験はとても苦しく悲しい。今度妊娠して心拍を聞けても また止まってしまうのかもという恐怖がある。でも妊娠出来たらあの感動をまた味わえるのだから まだやっていきたく思う。

もし皆さんも経験が有ったら是非教えてほしい。共感させてください。
不妊治療をしていると、エモーショナルな部分でも身体的な意味でも Up and Down が激しい。
心もとない言葉に傷つけられたことも数多い。
自分が子供を持てた時に気をつけようと思いながら、まだそう出来ない状態にあるのが悔しく歯がゆい。

よく「出口のないトンネル」と聞くがまさにその通りだと思う。
始めた時は簡単だと思っていた。
海外に散らばっている友人達も晩婚が多く、不妊治療に徹してる女性も多い。
卵子提供の話も聞く様になった。し、調べたりもした。

心がふっと暖めてもらえた話を一つ。
不妊治療を頑張っている夫婦が疲れてしまい、凍結してあった胚盤胞を一つ残して不妊治療から遠ざかった。そしたらふと子供が自然に出来てその子は産まれた。
子供を持つとはなんと素晴らしい事か、とクリニックに戻り凍結胚を移植したら妊娠し出差に至った。
「この子は下に産まれて来たけど,実際はお姉ちゃんなのよね。妹じゃなくて...」と聞いて、なんだか涙が浮かび、そんな話を聞けて良かったと思った。

まだ不妊治療など無かった時代に超高齢で出産された加藤しずえさんの話などと合わせて、統計的な情報に左右されずにドクターを信じて頑張って下さいとおっしゃってくださる方もいる。

19歳で子供を産んだ私の母は「ガキを見るとむかつく」と言って私を笑わせる。

何も言わず足首ウォーマーを送ってくれた友達もいる。
彼女は、主人から離れて一人で来日して不妊治療してたときに足首ウォーマーとウサギのかわいいぬいぐるみを送ってくれた。それが私のニックネーム Zaiko.
ちなみに写真はこれ。


主人がiPodを聞かせている(笑)
海外(マレーシア)と日本でIVF(しかし全部顕微授精)をしてきて 良い点  悪い点× それぞれに有るのでそれをまとめたい。
日本で治療を始めた時、採卵数が少なく移植も単一胚移植なことに驚いた。
ここで書く海外とは私が経験した唯一の国マレーシア (暑っい)を指す。

(1)設備・技術
日本:IMSIという最大約6000倍でより良い精子を選別し卵に注入するという新しい技術
×海外:ICSIという約400倍で精子を選別し卵に注入する為 核が入っているか見えないこともある。
    結果、受精率は海外で50%だったものが,日本では100%。主人の精子の文句を言われたが,問題は主人では無く,設備側にあると理解する。

(2)身体への負荷
日本:なるべく薬を使わない方針のクリニックに通っている。採卵は無麻酔ですぐ帰れる。移植時に尿をためる必要もない。
×海外:大量の注射をしてきた為,主人が乳がんにならないかと心配を始める。
    採卵前日は下剤で腸をきれいにして全身麻酔の採卵にのぞむ。移植時は尿をためなけれならない のが苦痛。

(3)医師
日本:プライバシーを考慮した徹底した配慮と技術そして知識量は半端ない。
海外:3人の医師にかかっていてムラがある。
    若い医師ほど融通性があると実感。日本での治療の為の協力してくれている(内診,血液ホルモン検査 etc)
    ×自分の考え以外許容出来ない医師もいる。しかし移植はモニターを見ずに勘でやったりしてしまうレベルの医師。

(4)看護婦・助手
日本:採卵の時,暖かい手を患者の身体に置いて安心させてくれる。いつも笑顔を心がけている様に見受ける。
×海外:採血でさえとんでもなく時間がかかり,血管が細すぎると文句を言う。移植の直後に私の片足を不注意でベッドから落とした挙句に,自分の不始末を隠す事に必死。最悪。


(5)費用
日本:不妊治療の助成金もある上に元々の費用はやれる範囲内。
×海外:一度のトライで80万円~90万円かかっていた。4度続けてしたらクレジットカードの請求が300万を簡単に超えて,その返済に気持ちが滅入る。

(6)待ち時間
×日本:とても待つ。最高5時間半。 WiFiが有ったら好いのに。
×海外:とても待つ。平均3時間。WiFiは充実している。
37歳結婚。一年間妊娠せず。不妊原因が有る事が分かる

1回目:採卵+移植
38歳 2009
ショート法 マレーシアにて 女性医師
採卵 16個 ->6個取れた(10個 空胞)
顕微授精にて3個受精。4分割受精卵3個とも移植 ->陰性ダウン
(この医師はモニターを見ずに勘で胚移植をした)

2回目:採卵+移植
38歳 2010
ロング法 マレーシアにて 若い男性医師一回目
採卵7個 -> 4個受精 ->3個が4分割まで育つ。3個すべて移植 ->陰性ダウン

ここから東洋鍼に通い始める。漢方もしばらく飲んだ。

3回目:採卵+移植
39歳 2010
ショート法 マレーシアにて同じ男性医師
5個採卵 -> 3個受精 -> 4分割まで育った2個移植 ->陰性ダウン


主人の身内に不幸が続き 精子の数がゼロまで落ちる。
医師の勧めで精子を凍結してから次のトライに望む様言われる。
精子凍結。


4回目:採卵+移植
39歳 2011
ショート法 マレーシアにて同じ男性医師(3回目)
4個採卵 -> 育った4分割受精卵2個 移植 ->陽性アップ
出血始まり5週6日 化学流産。その時点でのhCGは0.04. 赤ちゃんは育っていなかった。ダウン(胎のうなど確認何も出来ず)

ここで医師と今後どうしたらいいか話し合う。が、
「あなたから取れる卵の数に限界があるから、またトライを繰り返す事は出来るがそれ以外どうアドバイスしたらいいか分からない。胚盤胞まで育てる勇気があなた達夫婦の場合持てなかったし。全部無くなってしまいそうで」と言われる。
日本での薬を使わない不妊治療をインターネットで’調べる。


40歳 2011 日本のクリニックを訪れる。
卵管などの検査。主人の精子凍結。
採卵で麻酔をしないこと、極力注射などの強い薬を避ける治療をしていることなど説明を受ける。
まずは打って来た注射を抜くのに時間がかかると言われる。


5回目:採卵のみ
40歳 2012
マーベロンで2ヶ月調整し(古い卵胞を消すらしい)
クロミッドとHMG注射数本。
ドクターより、注射を打つのは私の来日期間内に遂行する為だと言われる。
採卵6個 -> 2個4分割段階で凍結。
あとの4つを胚盤胞まで待つも育たず。 結果2個凍結のみ。

6回目:採卵のみ
40歳 2012
同じくクロミッドとHMG数本での誘発(この方法をとるのは来日期間内に間に合う為)
採卵5個 ->4分割段階で2個を凍結。
あとの3つを胚盤胞まで育ててみる。結果3個とも育ち胚盤胞3個凍結。


40歳 2012
凍結した胚盤胞の移植のため来日。
自然周期で移植を試みるも、子宮内膜が薄すぎてドクターからキャンセルと言われる。ダウン

この後 地元で、きちんと私に自然な排卵が有るかモニタリングする様言われる。
結果 自然排卵有り。ただ注射を繰り返して来た為周期が長い。45日周期。


5回目:移植のみ
40歳 2012
ホルモン周期で調整して子宮内膜を良くしての凍結胚盤胞1個を移植(しかし内膜6mmが限界)。2日後に国際線飛行機搭乗 -> 仕事再開 ->陽性アップ
胎のう, 心拍確認し安心する。しかし心拍が止まり9週で流産. 胎のうらしき透明できれいな袋状のものが出て来て、モニターで見ていたものと同じことに夫婦で気づく。 トイレに座る私と私の前に床に座る主人と二人で泣く。ダウン

6回目:移植のみ
41歳 2013
ホルモン周期で調整して子宮内膜を良くしての(しかし6mm) 凍結胚盤胞1個を移植 -> 日本滞在 ->陽性アップ
胎のう,心拍確認を日本のクリニックでして安心する。しかしドクターに「止まるね..」と言われる。
主人は仕事を抜けれないので先に出国。私は切迫流産で日本滞在も 9週で流産. 前回と同じ様に モニターでみた胎のうが出て来た。が今回は前回の様に美しくなかった。元気の無い産まれて来れない赤ちゃんだったと認識。主人に電話で報告。二人電話越しで泣く。ダウン

7回目:移植のみ
42歳 2014
ホルモン周期で調整して子宮内膜を良くしての(7mm)凍結胚盤胞1個を移植 ->陰性ダウン
この時、体調も内膜も 胚盤胞のレベルもベスト. しかし陰性。未知の世界だと実感。

凍結胚盤胞がもう無いので、4分割の受精卵をすべて解凍->培養。
ホルモン周期で調整して移植に望んだが、胚盤胞まで1個は育った(アップ)が私の移植タイミングより
2日遅く、移植断念。ダウン

結果、
育ちが遅かった凍結胚盤胞が1個のみが夫婦に残っている胚盤胞となる。
また採卵を考え、マーベロンで調整。

7回目:採卵のみ
42歳 2014
クロミッド+HMG誘発での採卵 (来日期間内に遂行する為)
4個採卵 (1個空胞)
2個が受精。->1個は胚盤胞まで育つものの7日目まで頑張れず。
結果ゼロ胚盤胞。ダウン (4分割受精卵でも移植出来る人もいらっしゃるが私は内膜の関係で胚盤胞しか移植できない)

現在もうすぐ43歳。
次回はフェマーラを使った採卵をドクターはプランしてくださった。
生理周期の長い私には効かない可能性あり。
7回目の採卵結果の後から 卵子提供を考え始める。

採卵結果は次回、記します。9月初めかな...
高齢で仕事をされながら不妊治療を頑張っておられる女性達と共感をしたい。情報も交換したい。
と、ブログを始めました。
マレーシアに10年以上仕事の関係で住んでいます。
この国でIVF(主人の精子の問題でいつも顕微授精)を4回。
うち1回 hCGでは陽性も その➕結果の一週間後出血が始まり化学流産。
その後 日本の医療を調べ、現在みなと○らい夢クリニックに通う。
二度の採卵を経て移植開始。 2度連続で妊娠も共に流産。
もうすぐ43歳となる今、もう一度だけ採卵を考えている。
卵子提供も視野に入れ始めた。